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女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
(1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。

『悪魔を見た』ジャパンプレミア&キム・ジウン監督インタビュー

撮影:宮崎暁美

 昨年8月韓国で上映禁止の危機に瀕しながらも公開され、トロント、サン・セバスチャン、ロンドン、サンダンスをはじめとする数々の欧米の国際映画祭で大好評を得たサイコ・クライム・スリラー(又は、監督命名によると、キムチ・リベンジ・スリラー)の『悪魔を見た』が、来る2月26日に日本公開を迎える。キム・ジウン監督と主演のイ・ビョンホンがプロモーションのため来日した。2月9日のジャパンプレミアの舞台挨拶と、その翌日2月10日の監督とのインタビューの取材の様子をお届けする。笑いが絶えない楽しい雰囲気のインタビューの中で、めずらしい幼少時代のエピソードについて、そして今後の作品の方向について語ってくださった。




<2月9日 ジャパンプレミア @ 新宿ミラノ劇場>

劇場が位置する新宿歌舞伎町は、アジアの街角へ迷い込んだような異国情緒がある。けばけばしいネオンに軽く眩暈がした。イ・ビョンホンファンの奥様方はこんな夜遅くにちゃんとご自宅までたどりつけるのだろうか?などと余計な心配をしたが、何十年も昔にタイムスリップしたような1200人収容の大劇場は熱いファンで立ち見の通路までびっしり埋まった。



舞台挨拶


司会: たった今映画を観終えたばかりのファンの皆様に一言おねがいします

監督: 今ご覧になったばかりなのですか?(日本語で)ゴメンナサイ。。。(会場 笑) このように激しくおぞましい映画をお見せすることになって申し訳なく思います。チェ・ミンシクさんとイ・ビョンホンさんは驚くほどリアルに表現してくださったせいですね。でも、復讐の行為そのものを見せるための作品ではなく、愛する者を失った男の感情をつきつめていく “純愛映画” であると思っています。

イ・ビョンホン: 終わった時に拍手が小さく聞こえたのは、きっと皆さんの中には気の遠くなる思いをなさった方や、復讐に対する人間の悪魔性とかをずっと考えさせられる非常に意味のある映画として受け止めてくださった方がいらしたからだと思っています。また、監督や俳優は何故この映画を撮ったのだろうかと思う方もいらしたのではないでしょうか? とにかく、公開前にこのような大きな劇場をびっしりと埋め尽くしてくださって本当にありがとうございます。

司会: この映画に出演する決め手は何でしたか?

イ・ビョンホン: 監督とはプライベートでも食事をしたりコーヒーを飲んだりして親しくしているのですが、ちょうどキャスティングの時期にお話がありました。スケジュールが会うタイミングでしたので、シナリオを一気に読んですぐ出演を決めました。そのときは痛快で何かを成し遂げたという爽快な気持ちになれる復讐劇だと思っていたのですが、出来上がったのを見ると極端に過激な映画となっていて、韓国では危うく上映禁止になるところでした。誰の身近にでも起こりうる現実を描いたからこそ恐怖が増幅されたのでしょう。

司会: チェ・ミンシクさんとイ・ビョンホンさんを起用した理由は何でしたか?

監督: 映画で描きたかったことを実際に書いたら、引き受けてくれないかもしれないと思い少し弱めにしたシナリオを渡しました(笑)。でも、あれほど演技で過激に表現されるとは思っていませんでした(会場拍手)。 映画が残酷でリアリティーを伴った迫真に満ちたものとして受け止められたとすれば、それは私の演出によるところではなく、リアルに演じきったビョンホンさんとミンシクさんによるところだと思います

イ・ビョンホン: (日本語で)ゴメンナサイ。。。 (会場大拍手)

司会: 冒頭で婚約者がスヒョンに向かって「声が素敵」というセリフはイ・ビョンホンさんだから入れたのですか?

監督: そうですよ(笑)。イ・ビョンホンさんの俳優としての長所は、このしっとりと潤った瞳と聞く人を引きこませる甘い声だと思います。これは努力して出来るものではなく持って生まれたものなので、俳優として素晴らしい資質を備えていると思います。(会場大拍手、イ・ビョンホン照れ笑いしてうつむく)

司会: 観客の皆さんへのメッセージをおねがいします

監督: この映画は、愛する人を失った男の哀しくも壮絶な復讐劇です。もし自分が愛する人を失ったら、どのような復讐をするだろうという事を映画に盛り込もうと思ったのが出発点になっています。過激な描写も出てきますが、愛する人を失った男の内面、そしてその傷と苦痛がどれ程大きいものなのかを観て欲しい。だからこそ、愛する人を失わないように、その人の手をしっかりと握って離さないで一生幸せに暮らして欲しい、というメッセージを込めています。

イ・ビョンホン: 愛する人を殺されたら相手に復讐して当然だと思うかもしれない。しかし口で言うだけではなく、その復讐の過程をディテールに描いていきます。ご覧になった皆さんは複雑な考えを持つことになると思います。同時にこの復讐の方法は正しかったのだろうか?法の審判に任せたほうがよかったのではないかなど、様々考えることになると思います。韓国でもそうでした。もし解らないところがあれば何度でも観に行っていただきたいと思います(と、ちゃっかり宣伝)。




作品への反応

 夜更けの歌舞伎町で、都内一の大画面で、こんな過激な映画を観てしまった観客の感想は、やはり賛否両論だった。「もう何年もイ・ビョンホンさんのファンだし、キム・ジウン監督の作品も大好きです。そして復讐を通して映画が伝えようとする、主人公の愛や悲哀もよくわかった。でもどうしてあそこまでやらせなくてはならなかったのか理解できない。見るのが辛かったです」という感想と、「確かに痛いし汚いし酷すぎるけれど、美しい色彩の映像、息も着かせぬストーリー、そして俳優の演技に魅せられました。もう一度見たいです」という意見の2派に分かれていた。

 個人的には、イ・ビョンホンの演技は時として考え過ぎ作り過ぎのように感じることもあった。しかしこの作品では、繊細な感情の変化を台詞もほとんど無く抑えた動きと表情だけで表現していた。監督が「霧雨」に喩えた演技は素晴らしかった。激しい動きと台詞で大画面から迫ってくるチェ・ミンシクの「にわか雨」演技も迫力満点で突き抜けていた。ここ数年の監督作品の中で、私にとっては最高に痺れる作品となった。映画を過激にしたのはリアルな俳優の演技だとおっしゃっていたが、やはりそれを仕掛けて焚きつけたのはキム・ジウン監督に他ならない。


<2月10日 キム・ジウン監督インタビュー>

 10年前のシネマジャーナル本誌49号に掲載した、監督デビュー作の『クワイエットファミリー』に関するインタビュー記事では、「キム・ジウン監督は将来の韓国映画界を担う一人となるに違いない」と紹介されていたが、本当に今韓国を代表する監督の一人である。昨年2010年9月にトロント国際映画祭でのロングインタビューでは、作品を中心にエンディングについても深く話していただいて記事を書いたのに、もう一度映画を観るとまたいろいろ聞きたくなってくる。

キム・ジウン監督、撮影:宮崎暁美

Q: シナリオはご自分でお書きになったものですか?

監督: 今回ははじめて他の人が書いたシナリオで脚色作業だけしました。脚色しているのはオープニングとペンションのシーンとラストの部分なのですが、エンディングの部分は大きく変わっています。

Q: この作品は突き抜けた感じがとても気に入って好きな映画なのですが、書きながらこのキャスティングというのは最初から頭にあったのですか?

監督: この映画は、チェ・ミンシクさんが監督として私をキャスティングしたのです。この脚本を私に、と持っていらした最初はイ・ビョンホンさんの役を自分に考えていらしたのですが、それは私のほうでスイッチしました。イ・ビョンホンさんについては彼が『GIJoe2』の撮影が延期になったことでブランクが空いたタイミングだったので話をしました。シナリオを読んで即座に出演を決定してくれましたので、3人でのタッグを組むことが実現しました。

Q: ビョンホンさんとの仲の良さがちょっと浮き彫りになっていますね。映画自体はかなりシビアでバイオレントな映画なのですが、現場の雰囲気はどんな感じだったんでしょうか?

監督: 映画をご覧になればお分かりになると思いますが、セットではなくて野外ロケが多く、映画の雰囲気にあった場所を探しながら撮影したら、昼間も日が差さないような場所ばかりだったんです.2月から5月まで撮影しましたが、とにかく寒かったという記憶ばかりで、暖炉にあたっていて服を燃やしてしまったことが何度もありました。本当に激しい復讐劇で内容が内容なだけに『Good Bad Weird』のように撮影は大変だけど始終楽しい、という雰囲気ではありませんでした。 でも、主演のお二人の充満したエネルギーが画面に現れているモニターを興奮して見ながら、完成に向けて撮っていく気持ちというのは、今までのどの作品よりも強かったです。

Q: 監督の(作品は)シニカルな中にも笑いがあるブラックユーモアのセンスがとても好きなのですが、この作品はとても痛そうなバイオレンスシーンだらけで、観た後にトマトソースのかかった食事ができないくらいでした。私としては女性が殺されたり、レイプされたりするシーンばかりだったのがちょっと残念でした。今後、また『反則王』のような作品を撮るようなことは考えていらっしゃいませんか?

監督: (とても申し訳なさそうに苦笑されて) これまでは、前撮った映画の全く反対のものを撮るという傾向があったように思います。たとえば女性が主人公の『箪笥』を撮った後は、男の物語を撮りたいと思って『甘い人生』を撮りました。 一人の男の個人の内面を深く掘り下げていくin goingな映画だったので、とても窮屈に感じられたので、その次はout goingな『GOOD BAD WEIRD』を作りました。壮大なスケール感があって、外に発散する映画だったので、今度はもっと密度のある映画を撮りたいと思って、それが『悪魔を見た』という映画になりました。 けれども密度を追い求めるあまり暗い内容でしたので、次はもっと軽快な映画を撮りたいと思っています。

Q: 次は、銃を持たない、血が出ない、物が壊れない、そういう作品はいかがでしょうか?(監督がお好きだという クロード・ルルーシュ監督の『男と女』のDVDレーベルをお見せしてみたけれども、ふっと鼻で笑われてしまった)

監督: まあ、良いシナリオさえあれば、こういう作品も撮りたいと思っています。世の中にはすばらしいメロドラマ、ラブストーリーがたくさんありますね。ただ、昨日舞台挨拶でお話したように、この『悪魔を見た』は復讐の行為だけを見ればゴアスリラーやスプラッタームービーのように見えるかもしれませんが、復讐の感情をなぞっていけば、ある種の“純愛映画”であると思うのです。その二つの側面が観客の方に伝わればいいなと思っています。

Q: 監督の作品はいつも色が美しいことが特徴的です。恐ろしい場面も怖くなくなるくらい綺麗です。撮影のための絵コンテもすばらしいですね。小さい頃は絵を描く天才だったという話を聞いたことがありますが、その頃のことは作品にも生きていますか?

監督: そうですね。小さいころは本当に絵をよく書いていました。その頃の感受性というのは映画に投影されているのかなと思います。しかし昔の世代の人達には、絵描きは貧しいというイメージがあったようで、父からは絵を描くことを反対されていました。私が楽しんで漫画のようにストーリーをつけて絵を描いていると、何度も父に破り捨てられました。私は泣きながらそれを拾ってまた順番どおり並べたりしていましたが、もしかしたらそこで編集の感覚が身に着いたのかもしれません。本当だったらすごい絵描きになっていたかもしれないのに 父の反対によって才能を伸ばす機会を奪われ、その道を断念したことが、自分の中でコンプレックスとなって残っていました。 ある時、昔付き合っていた彼女が、「そうではないわよ。あなたは今キャンバスにではないけれど、スクリーンに絵を描いているのよ」と言ってくれたので、「なるほどな」という気持ちになれました。というわけで絵の才能は映画作りに生きていると思います。

(なんて素敵なお話!長年存じ上げているが、そんな個人的なことを話してくださったのは初めてで慌てたが、おそるおそる同席のスタッフや先輩ライターの皆さんの顔色を伺いつつ、小さい声で聞いてみた)
Q: 今、そのような彼女はいらっしゃいますか? ごめんなさい。

監督: ああ、そういう素敵なことを言ってくれるような彼女はいないのですが、「おいしいものをご馳走して」という女友達ならいます(笑)。

(せっかく監督がここまでこの話題を振ってくださっているのに、ここで私が止めるわけにはいかない)
Q: ではやはり、ビョンホンさんが今の彼女(恋人)ということになりますか?

監督は「あうっ」と野球帽の上から頭を抱え込んで、「それは考えるだけでもちょっとおそろしい、おぞましいよ」とおっしゃったので、部屋中爆笑となった。でも、ちらりと見えた横顔がなんだか嬉しそうだったのを見逃さなかったのは私だけではないはずだ。



インタビューを終えて

 いや、どういう関係とかそういうことが聞きたかったわけではない。前日の舞台挨拶でもおっしゃっていたように、「監督と俳優」しかも韓国映画界をリードする気鋭の監督と、演技力とスター性を兼ね備えた俳優が強固な信頼関係で結ばれていて、この先も一緒に作業した作品を見せてくれる未来を確かめたかっただけだ。今年後半より、監督は『THE LAST STAND』、イ・ビョンホンは『GI Joe2』と2人ともアメリカでの映画製作に参加する予定がある。新しい体験を経た後、またどんな広がりを見せてくれるのかがとても楽しみだ。

 監督とのインタビューの場所へ案内されて待っていたら、偶然イ・ビョンホンが通訳の方と早口の韓国語で談笑しながら出てきた。少年のように肌が綺麗で学生服でも似合いそうな、つっぱり高校生の風情だったが、監督が前日の舞台挨拶で賞賛していた甘く響く声が耳に残った。これからも、この声でキム・ジウン監督作品を彩ってくれることを期待している。


2010年/韓国/上映時間:144分/カラー/アメリカンビスタ/ドルビーデジタル/字幕翻訳:根本理恵
配給:ブロードメディア・スタジオ
© 2010 PEPPERMINT & COMPANY CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED.
★2011年2月26日(土)丸の内ルーブル他全国ロードショー

公式 HP >> http://isawthedevil.jp/

<『悪魔を見た関連記事』>
キム・ジウン監督『悪魔を見た』 韓国封切初日
http://www.cinemajournal.net/special/2010/akumawomita/
キム・ジウン監督『悪魔を見た』 第35回トロント国際映画祭 (1)北米プレミア http://www.cinemajournal.net/special/2010/akumawomita2/
キム・ジウン監督『悪魔を見た』 第35回トロント国際映画祭 (2)監督インタビュー http://www.cinemajournal.net/special/2010/akumawomita3/

作品紹介
http://www.cinemajournal.net/review/2011/index.html#akumawomita

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(取材/文:祥、撮影:宮崎暁美)
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