先週、猛暑と台風の最中に ソウルに滞在していた。
キム・ジウン監督の最新作であるサイコスリラー「悪魔を見た」を 韓国公開初日に観た。主演は その作品でいつも重要な存在であるイ・ビョンホンと、韓国演技界のカリスマ チェ・ミンシク。 日本公開は未発表のため、劇場でのスナップと感想だけだが、雰囲気だけでも感じていただければ嬉しい。
国家情報院警護要員である主人公は、フィアンセが冬の夜道で連続強姦殺人魔に惨殺された後、自らも残忍な復讐を繰り返しながら犯人を追い詰めていく。
バキバキと音のする激しい暴力、残忍な表情、ドクドク流れて飛び散る鮮血、リアルでグロテスクな絵図が、息継ぎもさせないテンポで次々と襲ってきた。 観ているだけの自分も恐怖と激痛を感じて、たびたび顔を歪め、身をひきつらせてしまった。それなのに、なぜか後味が悪くなかった。 鮮やかで美しい光と映像が脳裏に焼きつき、研ぎ澄まされた効果音と スタイリッシュな音楽が耳の奥に残った。
特に俳優達の演技は圧巻だ。チェ・ミンシクは、視線一つだけでも、腕を下から上へ動かすだけでも、カリスマ性とエネルギーを発散する。イ・ビョンホンは、フィアンセとの甘いやりとりから一転、突然の悲しみから怒りを爆発させ、自分も残忍な悪魔に変身して執拗な復讐を繰り返すが、そのうち疲弊しきって無念無想になっていく、という過程の感情の変化を、繊細な表情演技で切ないほどに見せてくれた。2人の目元や頬の筋肉の仔細な動きまでを 余すことなく追ったクローズアップが美しかった。数日を経た今もフラッシュバックで蘇る。
監督と俳優に惚れこんでいるという弱みを十分に引き算したとしても、俳優達の情熱的かつ繊細な表情演技、卓越した映像音声技術、そして今回は、感情とドラマ性を重視した監督の演出、すべてを兼ね備えた完成度の高い作品であると言える。
キム・ジウン監督作品としては、シナリオ作者が違う所為なのか、めずらしく何人もの女優が登場している。フィアンセとの甘い時間を過ごすイ・ビョンホン、のようなシーンを筆者は密かに期待したりもしていたのだが、そんな物理的な絡みのシーンは頑固に無かった。ここ数年の作品で毎回披露されたイ・ビョンホンの鋭く鍛えられた裸身も、分厚いダウンジャケットで首まですっかり覆われている。怪我をして包帯が巻かれた肩が数秒間見られるだけだが、冷たい怒りと悲しみが浮かび上がり、変化していく表情だけで十分に魅せられる。
シーン設定も盛りだくさんだ。国家情報院らしいハイテクと、素手で刃物というローテク、きらめく都会とさびれた地方、明るく幸せな笑声と恐怖におののく叫び声、にコントラストが効いている。こだわりのセットや小道具の美術は見応えがある。また、壮絶な暴力シーンの隙間の台詞に含まれるユーモアに、言葉のわかる地元の観客からは笑い声があがっていた。 ただ、エンディングには少し考えさせられるところがあったので、 いつか監督にその意図を確かめてみたい。
その暴力性残虐性ゆえ、韓国の映像物等級委員会からは、2度にわたって実質国内では上映不可にあたる「制限上映可」の判定が下り、監督をはじめとする製作チームが 直前に限界まで編集し直した結果、やっと3度目で「青少年観覧不可」等級(日本の例だと18禁程度)で公開されることに決着した。試写会も記者懇談会もぎりぎりの前日となり、広報もままならぬまま当初の予定から一日遅れの8月12日に封切されたが、観客動員は上位を記録しており、期待の高さを誇示している。
過去の国内外の映画にも同様なシーンがあったのに、異例の厳しさでこの作品だけにあびせられた削除要請に 監督はこの国で映画監督を続けていくべきだろうか? というところまで苦悩したということだ。 二人の俳優の演技がすばらしくあまりにもリアルで迫力があったという褒め言葉だと思わなければ、到底耐えられない出来事だったそうで、気のせいか少し疲れて見える監督の表情を韓国記事などで目にして、ファンとしてはとても心が痛い。
キム・ジウン監督作品では恒例である、何種類かの他のエンディングと共に 削除シーンも眠らせることなく海外の映画祭やDVDで公開されるのだろうか?
キム・ジウン監督の前作である『グッド・バッド・ウィアード』は、日本公開までに丸一年も待たされてしまった悪夢が蘇る。今回はどうなるのだろう? この映画の真の価値を正しく理解する日本の配給会社が引き受け、目の肥えた映画鑑賞者、芸術性作品性を重視するマニア層をターゲットに、効果的でふさわしい広報宣伝活動がされることを心から祈る。 イ・ビョンホンが日本のマーケットで長年背負わされてきた「韓流スター」という汚名(?)を返上して、真に映画俳優として、監督の名前と共に、より広い層の観客に認知される作品となるに違いない。
(取材・文 : 祥)
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