女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
ピート・テオ 大特集第1回
ピート・テオ

 ピート・テオという名前を聞いたことがあるだろうか? 彼は日本においてはまだ知る人ぞ知る存在だが、実はミュージシャン、映画俳優、文筆家などマルチな才能を持った、マレーシアでは非常に名の知れたアーティストだ。

 ミュージシャンとしての彼は、才能溢れるシンガーソングライターで、マレーシアにおけるインディーズ・ミュージックのパイオニアである。かつて香港でデビューしたこともあるので、“張子夫”という中国名で彼を記憶している人がいるかもしれない。最近は活躍の場をヨーロッパやアメリカにまで広げようとしていて、注目されている。一方、俳優としては、近年各国の映画祭で注目を集めるマレーシア・ニューウェーブ映画に出演し、話題となっている。監督など映画人たちと親交も深い。

 アーティストとしてだけではなく、社会学の大学講師、雑誌編集者、建設会社管理職に株式トレーダー等々、彼は実にユニークな経歴を持つ人物だ。

 2007年6月、そのピート・テオが自身のライブのために来日した。彼のライブを聴き、大変幸運なことにロングインタビューをする機会が得られた。この才能と魅力溢れるアーティストを少しでも多くの人々に知って欲しいと願い、彼の紹介とインタビュー記事を5回にわたり連載する。

 第1回は、ピート・テオの紹介とライブレポートをお届けする。
 第2回以降はTalk with Pete Teoと題して、ピート・テオのインタビューを掲載していく。
  vol.1 生い立ち(第2回)
  vol.2 音楽活動について(第3回)
  vol.3 マレーシア・ニューウェーブ(第4回)
  vol.4 俳優活動と監督たちについて(第5回)
 を順次掲載予定である。

Introduction of Pete Teo
ホー・ユーハン、ピート・テオ、ヤスミン・アハマド
左からホー・ユーハン、ピート・テオ、ヤスミン・アハマド

 実はわたしも去年の東京国際映画祭のマレーシア映画特集で初めてピート・テオを知った。『私たちがまた恋に落ちる前に』(ジェームス・リー監督)と『Rain Dogs』(ホー・ユーハン監督)の2本にピート・テオは俳優として出演している。前者では突然去った女をその夫と共に捜す頼りなげな愛人を、後者ではビリヤード賭博仲間の眼光鋭い兄貴分を演じている。二つは全く異なる役柄だったが、どちらも存在感があって強い印象を残していた。さらに『ガブラ』(ヤスミン・アハマド監督)には、ミュージシャンとして参加し、主題歌「Who for you?」を歌っている。美しいメロディーと囁きかけるような歌声が心地よい曲だ。この映画祭の時にピート・テオは来日し、ティーチインに参加したり、ロビーで気軽にファンと交流していた。実際少し話してみたが、映画の役柄とは違って、とても気さくで快活な人という印象を受けた。

 その来日の折にもピート・テオは“60minutes”ライブを行っていたが、映画祭取材に追われて行くことができなかった。今回やっとライブに行く機会をえられた。

 ライブに行く前、彼がこれまでに出している「Rustic Living For Urbanites」(2003)と「TELEVISION」(2006)の2枚のアルバムを聴いた。聴いた瞬間、彼の音楽はマレーシアという枠を軽く超越し、世界中の音楽ファンの心をとらえる力があると感じた。彼の音楽は彼が師匠と呼ぶレナード・コーエンやヴァン・モリスン、ニーナ・シモンといったアーティストの影響は確かに感じられるが、それらを完全に消化し、自らの境地を開いている。1枚目ではサウンドにアジア的な要素を取り入れていて、それはそれで面白いのだが、2枚目ではそうした要素が取り除かれ、一層現代的で無国籍な音になっている。もはやアジアという枠すら意味を持たない。歌詞の内容は彼自身の経験からくる哀しみの吐露であったり、何かにインスパイアされて紡ぎ出された物語であったり、猥雑さ、高揚感、人生の悲哀が織り込まれ、どこであれ現代都市に生活する者たちが共感できるものだ。古典から現代までの様々な文学的知識がふんだんに利用されているらしいが、英文学が苦手なわたしには、その深いところまで理解できないのが残念だ。あぁ、こんなに素敵な音楽を作る人がいたんだと知り、今更ながら去年のライブに行かなかったことを悔やんだ。

Pete Teo Live Report
ピート・テオ
撮影:藤本健介

ライブは6月14日(木)の夜、渋谷の公園通りクラシックスにて行われた。メンバーはピート・テオ(g, vo)、鬼怒無月(g)、早川岳晴(b)の3名。

 ピートはそろりと舞台に現れた。そして1曲目の「Shine」はグルーヴィなウッド・ベースのソロで始まった。初めて生で聞くピート・テオの歌とギターはこちらの期待を遙かに超えて巧い。ピートと早川氏が曲の基本部分をささえ、鬼怒氏のギターが様々な色彩を加えている。たった3人の演奏なのに、音がとても豊かに聞こえる。

 曲間にはピートが英語で色々と語るのだが、ちゃんと通訳がついていた。おかげで、語ってくれた楽曲にまつわるエピソードをちゃんと理解できてありがたかった。早川、鬼怒両氏と知り合った経緯も紹介してくれた。両氏はアバンギャルドなジャズの演奏で人気の梅津和時KIKI Bandのメンバーでもある。そのバンドのワールドツアーでマレーシアに行って演奏し、それをピートが聞きに行って知り合ったらしい。早川氏はピートの2枚のアルバム制作にも参加している。

 1stセットの5曲は本当にあっという間だった。「マレーシア人は怠け者だから」とジョークを飛ばしていたが、実際「え、もう休憩?」と思った。

 休憩の間に、ピートのCDやライブDVD、またマレーシア映画のDVDが販売された。日本では手に入れにくいだけに、売り場には人が押し寄せていた。わたしもいくつか購入してしまった。

 2ndセットはピートのソロで「Last Good Man」から始まった。この歌は彼が敬愛するヴァン・モリスンに捧げられた曲。ソロはこの一曲のみで、次の「Laura Nelson’s Bridge」からは再び二人を呼び出しての演奏。この曲を作った経緯について、こんな事を語っていた。

「ネットで絵ハガキのサイトを見つけた。その中の絵はがきのひとつに、アメリカが奴隷制度を敷いていた頃、南部で頻繁に行われていた黒人に対するリンチの場面を撮ったものがあった。河に橋が架かっている風景で、写真としてはとても美しい。けれど、その橋からロープがたれていて、女性が吊されていた。その女性の名がLaura Nelson。この曲は彼女に捧げます」

ピート・テオ
撮影:藤本健介

 後半になるとバンドとしての一体感が増してきて一層楽しい。アンコールでは映画『ガブラ』の主題歌「Who for you?」が演奏された。間奏部分には弓を使ったウッドベースのソロが入り、CDとはまた違った良さがあった。「Sunday Best Shoes」がラストの曲だったはずが、アンコールを求める観客に答えて、「リハーサルやってないんだけど」と言いながら、「Blue」を演奏した。リハーサル無しで曲のラストをどう締めるか決めてないので、ちょっとジャムセッションみたいなスリルがあったが、観客も本人たちも楽しそうだった。曲のワンフレーズを観客に繰り返し歌わせ、自分は何をするかと思えばポケットからカメラを取り出して、その様子を撮っていた。

 アンコールを含めて2時間、全14曲。素晴らしい時間を過ごせて、幸せな夜だった。そしてフル・バンドの演奏を聴いてみたいという新たな欲求が湧いてきてしまった。8月4,5日には釜山のロック・フェスティバルにフル・バンドで出演する予定だという。次は日本にも是非来て欲しい。

つづく

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ピート・テオ 大特集 第2回

(文・写真:梅木)
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