イム・スルレ監督は、1996年『三人友達』で長編デビュー 以来、長年映画製作に携わってきました。大ヒットした『私たちの生涯 最高の瞬間』(2008年)という作品もあります。
シネマジャーナルでは、今まで、イム・スルレ監督の作品は、『ワイキキ・ブラザース』(2001年)を始め、『美しき生存 女性映画人が語る映画』(2001年)、『もしあなたなら ~6つの視線』(2003年)などの作品を紹介してきましたが、中でも韓国の女性映画人のドキュメンタリー『美しき生存 女性映画人が語る映画』は、日本の女性映画人にも大きな勇気を与えたと思います。 今回、真!韓国映画祭で来日したので、お話を聞かせてもらいました。
『飛べ、ペンギン』ストーリーはこちらを参照ください。
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編集部:イム・スルレ監督は長年映画に関わってきて、韓国の女性映画人の中ではお姉さん的存在ですが、韓国の女性映画人のドキュメンタリーを作った当時は、女性監督はドキュメンタリーの分野がほとんどでした。今や、日本も韓国も一般映画(商業映画)に進出する女性監督も増えました。『飛べ、ペンギン』に至るまでの思いを聞かせてください。
イム・スルレ監督:『飛べ、ペンギン』は、韓国の人権委員会から依頼された映画で一般映画ではないですが、最近はデジタルカメラの普及で低予算で作品が作れるため、映画製作への窓口は広がってきたと思います。確かに、韓国でも商業映画への女性監督の進出が多くなり、私が韓国女性映画人のドキュメンタリーを撮ったときと隔世の感があります。1945年からの約50年で、女性監督は10人ほど出ましたが、2000年からの10年では約40人出現しています。
編集部:今まで観た韓国映画で、韓国の学歴社会のすごさ、教育熱のすごさは知っていたつもりですが、この映画でさらに留学熱のすごさも知りました。ムン・ソリさん演じる教育ママのすごさに圧倒されましたが、この傾向はますます過熱されていくのでしょうか? 子供がいくつもの塾に通っている話も出てきましたし、誕生会のシーンにあるように、友だち関係より塾が大切というようなことも出てきました。こういう傾向に、この作品は一石を投じたと思いますが、社会の状況は変わっていくと思いますか?
監督:この映画で、社会が変わるということはありえないけど、もし映画ひとつで世界が変わるのなら、もっと必死に作ります(笑)。でも小さな希望は持っています。この作品は小さな上映会の形で上映されることが多く、そういう場合はトーク付きということが多いのですが、映画の上映会後のティーチインで、お母さんたちから、「実際問題、社会の状況から教育ママにならざると得ないと言われ、あなたは独身だから、そこまで考えられないのよ」と言われたこともあります。
編集部:韓国映画では、よく「先輩」という言葉が出てきますし、社会の中で年功序列の影響はかなり大きいのでしょうか。また、上司とかが食事や飲み会に部下を誘った時は、その人が支払うと聞きましたが、そうなのですか?
監督:そうです。韓国社会では年上の人、あるいは誘った人が支払うのが当然という暗黙の了解があります。自分が支払ったとしても、目上の人と行くと今度は自分がおごってもらうわけですし、それでまわっているところがあります。
編集部:女性の間でもそういうことがあるのですか?
監督:そうです。私は韓国映画界のお姉さん的存在なので、ほとんどおごる立場です。でも、年上の人と、飲食に行くときはおごってもらいます。また、同世代の人たちと飲食に行っても、1次会での支払いはAさん、2次会はBさん、3次会はCさんという風に、一人の人に負担がかからないように考えています。日本と較べて、お酒や食べ物が安いので、そういうことが可能だと思います。
編集部:この映画は市役所福祉課が舞台で、昼食なども課員が一緒に食事に行ったりするシーンが出てきますが、こういうことは日本ではありえない気がしますが、韓国ではこの職場に限らず、普通のことなのでしょうか? 新人のベジタリアンで酒が飲めない人が出てきますが、こういう人への風当たりは強いのですか?
監督:韓国の職場では、職場の一体感を示すために、一緒に昼食に行ったりするのです。インターネットで、日本から韓国に来た人の話で、この昼食を一緒に食べるというのが苦痛だったという話がありました。それでも、職場の状況によって変わってきていますので、若い人の間ではだいぶ個人主義が多くなってきています。
編集部:新人の女性がタバコを吸うエピソードがありましたが、彼女は最初隠れて吸っていて、あとで大胆に飲み会の場で上司に「タバコください」というシーンが出てきました。韓国では女性がタバコを吸うということに対して、かなり抵抗というか、いやな目で見たりすることがあるのでしょうか? 先輩女性たちの目も批判的でした。
私は嫌煙権を主張したい立場の人なので、タバコを吸うこと自体がいやなのですが、女だから吸うなということに関しては抵抗があります。
監督:そうですね、職場によります。この映画では舞台が市役所なので、そういう制約がありますが、私がいる映画界では女がタバコを吸うのは別に普通のことです。
編集部:福祉課・課長の両親の話は、日本の家庭でもよくあるような話でした。退職したお父さんが家にいて妻の外出がしにくい。縦のものを横にもしない。自分は好きなことをしているのに、妻がやりたいことには文句を言って妨害しようとする。自動車免許を取ろうとする妻に対し、「絶対取れっこない」とバカにしていたのに、妻が合格してしまって慌てるお父さんの姿がおかしかったです。そして、最後堪忍袋の緒が切れたお母さんの行動が痛快でした。
監督の作品の底流にあるのは、虐げられているものや社会的弱者に対する暖かい眼差し、その状況に対する批判をユーモアに包んで表現する。まさに、このふたりのシーンは真骨頂という感じでした。
監督:ありがとうございます。映画を作り始めた頃は、社会に対する批判を直球で表現していましたが、長く映画を作っているうちに、それは自分も疲れてしまうので、笑いの中に社会の現状を考えてもらうという形を取るようになりました。少し、自分も丸くなったのかもしれません。
編集部:『私たちの生涯 最高の瞬間』に続いて、ムン・ソリさんの起用ですが、これはどのような経緯だったのでしょう。私は、彼女の『オアシス』での演技で、韓国にはすごい女優さんがいるなと思った人だったので、『私たちの生涯 最高の瞬間』のときにもびっくりしたのですが。
監督:彼女はとても義理堅い人です。そして、社会問題などについても進歩的な考えを持っている人なので、こういう低予算の映画にボランティアに近い形で出演してくれました。
編集部:韓国での映画館事情、こういう作品の上映事情をお聞かせください。
監督:韓国はミニシアター系の映画館は少なく、大手のシアターがほとんどです。ですので、こういう作品は共同体上映と言う自主上映の方法で上映されています。
編集部:今後の作品や予定などをお聞きしたいのですが、私個人としては、韓国の女性映画人の第2弾をぜひ観たいと思っています。
監督:韓国の女性映画人のドキュメンタリーに関しては、前作から10年がたつので、そろそろ続編をという話はあります。ただ、次回も私が撮るかどうかはわかりません。
私自身のことについてですが、会社を興しました。第2作目の予定は内容は話せませんが、牛と一緒に旅行する方法を描いた作品です(笑)。
編集部:牛と一緒に旅行する話なのですか? どんな感じの映画になるのでしょう、楽しみです。
*『牛の鈴音』が話題になった韓国、それにインスパイアされた作品なのかな? と、考えてしまった私でした。