2017年9月、あいち国際女性映画祭ゲストのキーレン・パン監督にインタビューしました。
1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える女性の心の葛藤がテーマ。1975年生まれのクリスティ(クリッシー・チャウ)は、おしゃれな一人暮らしを楽しんでいるように見えるけど、30歳の大台に乗ったら女は終わりと焦っていた。しかし、仕事は順調。突然の抜擢で、責任ある仕事を任され、ストレスが増大する。長年付き合っていた彼とは、忙しさの中、歯車が噛み合わなくなってしまい別れてしまった。先行き不安な時に認知症の父親が突然死亡。更に会社を結局やめることに。そして、雨漏りのひどいアパートで文句を言ったら、突然アパートを追い出されるはめに。さんざんな目にあったけど、大家の甥の友人であるティンロ(ジョイス・チェン)がパリ旅行で不在の間、彼女の家に1ヶ月住まわせてもらうことに。ティンロがパリに1ヶ月旅行する間「部屋代が旅行費の足しになれば」と貸してもらったのだ。彼女の部屋は、壁にエッフェル塔を形どり、たくさんの写真を貼り、80年代のレコードがたくさんあった。レコード店に勤めるティンロが収集したものだった。この部屋で「自伝」と称された彼女の日記をみつけ読み始める。そして、ティンロが偶然、自分と同じ誕生日だとわかり、自分と彼女を重ね合わせていく。クリスティは短気で怒りんぼう。なんでもせかせかしないと気がすまない。ティンロはふんわかしたのんびり屋でマイペースな人柄。正反対な性格なのに、日記を読んで、彼女の思いに共鳴する。
最後、エッフェル塔の下でクリスティとティンロが二人で歩いていくシーン(夢?)には、レスリー・チャンの「由零開始(0から始めよう)」がフルバージョンで流れ、レスリーファンには感嘆もの。 監督のキーレン・パンは舞台女優で、脚本や演技指導までこなす、本作は長らく自身が舞台で演じてきた一人芝居を自身の手により映画化したもの。時代は10年くらい前を設定。
クリスティを演じるのは、香港の若手人気No.1のクリッシー・チャウ。ティンロを演じるのは香港芸能界のサラブレッド、ジョイス・チェン(沈殿霞/リディア・サムと鄭少秋/アダム・チェンの娘)。舞台演劇的な作りと、映画だからこそできる映像のミックスを楽しめる。
今年(2017)3月に開催された「大阪アジアン映画祭」で観客賞を受賞。
※この作品は『29歳問題』というタイトルで日本公開されることになりました。
2018年5月19日(土)、ロードショー(YEBISU GARDEN CINEMAほか)
http://29saimondai.com/
監督・脚本 彭秀慧(キーレン・パン)
出演 周秀娜(クリッシー・チャウ)
鄭欣宜(ジョイス・チェン)
蔡瀚億(ベビージョン・チョイ)
楊尚斌(ベン・ヨン)
金燕玲 (エレイン・ジン)
キーレン・パン監督プロフィール
舞台女優、脚本家、映画監督
本作はもともとキーレン・パン監督が演じていた一人舞台。
主人公をキーレン・パン監督自身が一人二役で演じていたが、映画版では2人の役者が演じた。
初脚本はパン・ホーチョン監督『イサベラ』
編集部M 舞台で長く演じてきたわけですが、映画化したきっかけは?
キーレン・パン監督 2006年に2回目の公演(2005年から始めた)をやっていた時、その頃に『イザベラ』(2006年)の脚本をやっていたので、映画界の人と繋がりができました。その方たちが舞台を見に来て、その時に映画化したらどうですかと言われました。その時は一度断りました。その時は舞台として表現していたので、それはないなと思いました。
断った時は、映画化されるということは、他の人の手に渡ると理解していた。他の監督が映画化し た時、ちゃんと意味がわかってもらえるかなと思いました。
40歳になった時、もう一度その話をいただいたんです。その時に自分が監督する形で映画化しよ うという形になりました。
編集部M 1994年~2005年頃、香港芸能にはまっていて、人気音楽番組「勁歌金曲」などを見ていました。なのでレコード店のオーナー役を演じた鄭丹瑞(ローレンス・チェン)と、店員を演じた鄭欣宜(ジョイス・チェン)のお母さんである沈殿霞(リディア・サム)との掛け合いもよく見た記憶があります。それで、鄭丹瑞と鄭欣宜のやりとりに、彼女のお母さんのことを思い出しました。
監督 そうなんです。それで私も、この二人をレコード店オーナーと店員の組み合わせで出しまし た。
編集部M この二人のこともそうですが、懐かしい伏線がいっぱいありますね。ジョイスが飼っている亀の名前がマギーとチェリーだったり(レスリーが出演した「日落巴黎」の共演者がマギー・チャンとチェリー・チェン)、張国栄(レスリー・チャン)と陳百強(ダニー・チャン)の話題、軟硬天師の二人が出演していたり(大家さんとタクシー運転手)、黎明(レオン・ライ)の歌や、BEYONDの黄家駒(ウォン・カークイ)の歌が流れたり、香港芸能にはまった日本人たちにも、懐かしい人や歌、エピソードがいっぱい詰まった作品だと思いましたが、香港の観客は日本の香港芸能ファン以上に、そういうことが胸に響いたのではないですか。そして、エンジョイしたのではないですか。
監督 サンキュー
編集部M 演劇から映画版を作ったわけですが、映画版なりのエピソードを
監督 劇場で一人芝居だと、観客のイマジネーションに頼らないといけなかった。ジョイスの部屋の設定にも、細かくはできなかったけど、映画の中では詳細にこだわってみせることができました。れからパリの映像も、舞台上では当然パリに行くことはできないけど、映画では実際にパリで撮影することができました。
映画としてのパワーというのは、映画にしたことで世界中の人たちが観ることができる。
このテーマをいろいろな人たちと共有することができる。実際、舞台だと、自分が演じている間しか楽しんでもらえないけど、映画が完成したことによって、観た人がどんどん増えていくわけです。 そこは感じています。
編集部M 映画と演劇、表現したいものでやっていくとのことですが、今も演劇をしながら上映活動をしているのですか? また、この作品を舞台で見ることはできるのですか?
監督 今年は演劇はやっていないのですが、来年はあるかもしれません。来年3月の終わりころに「Laugh me to the moon」(笑って月まで連れてってみたいな感じ?)という芝居をやろうと思っています。これも一人芝居です。笑えるシーンはあるけど、コメディというわけではありません。以前にもやった芝居です。
この「29+1」ですが、2013年の舞台を最後にしようと思いました。自分自身が40歳になるので、「29+1」という年齢からは遠ざかってしまうから。香港では2035年に「59プラス1」をやるということを観客と約束をしました(笑)。
編集部S 重要な場面には、音楽が出てこないんですよね。静かな時のシーンがすごく良くて、そこに入るタイミングで小さく流れる音楽も素晴らしかった。
監督 それを狙ったんです。そこに気がついてくれてありがとうございます。
編集部S 大阪アジアン映画祭では、今年、とても良い作品がそろっていたのですが、どうしてこの作品を観なかったというと、数字のタイトルを目にした時、乾いた感じがしました。それで、これはいいやと思って見逃しました。
監督 その時は『29+1』というタイトルが響かなかった? でも、今回観てくださったのは、賞をもらったから?
編集部S この映画祭でもう一度上映があるというから観てみようと思いました。この映画を私が30歳前に観ていたら、また違った気持ちになったかなと思いました。
監督 この『29+1』というタイトルですが、人生をやり直すとしたら、何歳からやり直したいかという視点で考えたんですね。その時に29歳と思いました。それが、クリスティが倒れて、日記を読み始めたところになるわけだったんですね。
編集部S とても良い作品でした。どうもありがとうございました。
私も大阪で見損ない、あいちで上映されるというので、東京からやってきました。大阪では、他の作品と重なっていて、会場も離れていたので観なかったのですが、毎年張国栄(レスリー・チャン)の慰霊祭に参加して、シネマジャーナル本誌に記事を書いてくれているEさんの2017年の記事の中(シネマジャーナル100号)に、この作品を香港で観たことが載っていたので興味を持ちました。1980年代から90年代の香港芸能界の出来事や、TVで放映された作品が出てきたり(主人公がレスリーの『日落巴黎(夕暮れのパリ?)』で夢見たパリへ行ったり。そして最後に歌われるのはレスリーの「由零開始(0から始めよう)」だったり)、亡くなった香港歌手へのオマージュがあったり(張国栄、陳百強、黄家駒の話題)と、香港芸能にハマっている人にとっては親しい話題が含まれていたので、思わぬところでクスッとしていました。地下鉄のシーンでは家駒が歌う「早班火車」が流れ、日本のTV番組内での事故で亡くなった彼をそっと偲びました。
友人の誕生日に送られた『花様年華』のポスターネタも意味があったし、だんだんに二人が知らぬ間に出会っていたというのがわかってくるシーンの作りもうまいと思いました。バスでのシーンを確認したいと、再度観てしまいました。レスリーの話題が多かったので、監督はレスリーのファンかと思ったのですが、大家さん(林海峰/ジャン・ラム)とタクシー運転手(葛民輝/エリック・コット)を演じていた軟硬天師のファンだそうです。友人が、エッフェル塔のシーンで「由零開始」がフルバージョンで流れるので、レスリーファンは感涙もの。また、監督は香港の映画界も!歌謡界も!一番輝いていた時代に育ったんだなと語っていました。
そういうところが香港芸能ファンには嬉しいところではありますが、30歳を目前にした女性の揺れる心がうまく表現されていました(編集部M)。
こんなに素敵な映画なのに、題名の「29+1」の意味を探ろうともせずに、大阪アジアンで観逃してしまい全く面目ない。その後、大阪で観客賞を受賞したというニュースに、チョイス運の悪さに気落ちしていたが「あいち」で上映と聞いて嬉しくなった。
監督さんは舞台を中心に活躍している女優さん。天は二物を与えないというが、容姿端麗、才能豊か、映画作りセンスありと三物ももらってしまった羨ましい方。
微妙に揺れる「もうすぐ30歳」の女性をしなやかに描き切っている本作は、世界共通の大人の女性になるために、悲しみ、苦しみを乗り越える勇気を与えてくれるはず。
香港映画ファンには絶対観逃せないシーンがいっぱい出てきて、まさに「故郷に帰った」感覚も味わえる。(編集部 S)
なお、「あいち国際女性映画祭2017」のレポートは下記からアクセスください。