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女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
(1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。

『彼らが本気で編むときは、』
荻上直子監督インタビュー

荻上直子監督 (撮影:宮崎暁美)
あいち国際女性映画祭ゲストの荻上直子監督にインタビューしました。
高野 史枝

 私は荻上直子監督が『バーバー吉野』でデビューした時からのファン。あら素敵、今までの女性監督とは一味違うとぼけたユーモア感覚のあるヒトがデビューしたんだ・・・と、嬉しくなった。その後も『恋は五・七・五』(05)、『かもめ食堂』(06)、『めがね』(07)、『トイレット』(10)と順調に製作、テーマはだいたい「マジョリティーの中のマイノリティー、その違和感」で、それはよく伝わってきたし、ちょっと変わった人(普通で言うと変人?)の描き方がとてもあったかくてチャーミングで、観るたび「癒されて」いた。しかし最新作『彼らが本気で編むときは、』(2017年2月公開)は、監督本人曰く「もはや、癒してなるものか!という意識で作った」という作品だという。「えっ、ほんと?」と、慌てて観に行った。

 LGBTがテーマという事で、従来の「荻上ファン」が離れることも覚悟しての発言だったんだろうが、テーマはハードながら、従来のふわ~んとした雰囲気やトボけたユーモアは健在で、私自身はとても好きな作品に仕上がっていた。「煩悩」と称するパステルカラーの編み物や、どの作品にも登場するおいしそうなごはん(フードスタイリストの飯島奈美さん、今回もグッジョブ!)も登場して、監督の本意ではないかもしれないけれど、「やっぱり癒されちゃった」(笑)。

 荻上監督があいち国際女性映画祭にゲストとして来場されるとお聞きし、ぜひお話がお聞きしたくてインタビューを申し込んだ。


作品紹介

 母ヒロミ(ミムラ)と二人暮らしの小学5年生のトモ(柿原りんか)。その母は、ある日突然男と姿を消す。トモは叔父のマキオ(桐谷健太)の家に行くが、マキオはリンコ(生田斗真)という恋人と一緒に暮らしていた。リンコは男性から女性に性別適合したトランスジェンダーの女性だった。最初は戸惑ったトモだったが、優しく料理上手なリンコにだんだん心を開いていく。リンコは介護士。認知症を患うマキオの母を入れている施設で二人は出会い、恋人になった。悔しいことがあると、編み物をするリンコ、その編み物は「煩悩」の形をしていた。その編み物に、マキオとトモも加わり始めた。そんなある日、トモを置いて出て行った母のヒロミが突然帰ってくる。ずっと続くと思っていた3人の関係は・・・


荻上直子監督インタビュー

―この映画を作るきっかけは。

荻上直子監督 新聞で、トランスジェンダーの子(体は男だが自己認識は女)のお母さんが、わが子にニセおっぱいを作ったという記事を読んで、すぐ会いに行きました。このお母さんはわが子のことをちゃんと認めて受け止めていたんですね。お話を聞いて、この映画ではもちろんLGBTは描くけれど、お母さんたちの話にしたいな・・・と思いました。

―キャスティングは思い通りに出来ましたか。

監督 まず主人公、リンコ役の生田斗真さん。何しろ美男子なので、すぐに女性になれると思ったんですが、実際にお目にかかったら、すごく体格がよくてムキムキ(笑)。なかなか女性に見えず、とても苦労しました。生田さんには所作の先生をつけて指導してもらったんですが、初めは女性らしさという形にこだわりすぎ、感情を二の次にしてしまいました。一緒に飲みに行き、お互いに考えていることをぶつけ合いました。とにかくリンコについて考えてとお願いしたら、つぎの撮影の時には、生田さんは完璧に役になりきっていて、さすがだな…と感心しました。
リンコの相手、マキオ役の桐谷さんは、性格の良さが顔に出ていて、役に必要な包容力が精神的にも体格的にもあったので、オファーしました。普段は熱血な男の役が多いイメージですが、今回は、落ち着いて大らかな役。現場でも生田さんを励まし続け、私も桐谷さんがいると安心しました。縁の下の力持ちでした。
小学生トモ役の柿原りんかちゃんは、オーディションでイメージの子に会うまで粘って見つけました。大変うまくて、締めるところをキチンと締めてくれてよかったです。全体として、キャスティングは理想的に行ったと思います。


荻上直子監督

―製作で最も苦労した点は何ですか。

監督 資金の問題です。いま、オリジナル脚本はリスクだと思われることが多いんです。原作ものなら一定のファンがいるけれども、オリジナルにはそれがないからという事でしょうか。以前なら出資してくれたと思う所がダメだったり・・・こんな状況には腹が立ちます。プロデューサーがとっても苦労していました。でもこの映画が作りたくて何回も脚本を書き直し、作れると決まってからは、自分の今までの45年間を全部つぎ込むつもりでやりました。これからもオリジナル脚本でやっていこうと思っています。

―映画完成後の観客の反応はいかがでしたか。

監督 海外での反応はすごくよかったです。ところが日本だと、地方で人が入らない。これがすごくショックでした。まだLGBTへの抵抗感は大きいのかなァ・・・・。

―プライベートなことで失礼ですが、パートナーと、お子さん(双子の子)が出来たんですね。

監督 カフカが「芸術は孤独から生まれる」と書いていたのを読んで、「そうか、創作をするには孤独でなくてはいけないんだな・・・」と、思っていたんですが、あるとき「自分はそこまでの天才じゃない、それなら楽しい人生を選んでもいいんじゃない?」と思ったんです(笑)


荻上監督は、このインタビューの後、タレントのはるな愛さんと舞台でトークを行った。はるな愛さんは映画鑑賞が趣味で、この地方の民放で「映画MANIA」という番組のパーソナリティをやっている。可愛く華やかな衣装のはるなさんの登場に観客は喜び、大拍手。そのトークもまた大変率直で、会場は笑いに包まれた。


荻上監督(左)とはるな愛さん(右)

はるな 「リンコの生き方と自分の生き方を重ねて観た。かなりどっしり来たわ」「マキオ役の桐谷さんがステキ!こんな人を捜したいと思った。ふたりが淡々と普通の日常を送っているところがいい。自分は毎日非日常だから、こんな生き方もいいな…と思った」「オチンチンがあるときとない時では気持ちが違うの。それがある時はいつも女性性を気にして過剰に女性としてふるまっていたけれど、(性別適合)手術の後は、女性の体を手に入れたのだから、普通にふるまえるようになった」など、興味深い話が次々出てきた。「そのお話を、映画を作る前に聞きたかった」という荻上監督に、「じゃあ、次の映画ではキャスティングして!」と、迫る場面も・・・。監督、イキオイに押されて承諾してました(笑)。

取材・まとめ 高野史枝 写真 宮崎暁美

取材を終えて

映画『彼らが本気で編むときは、』を観たあと、映画のリンコと同じく性別適合手術を受けたはるな愛さんのトークを聞いた観客は、きっとLGBTへの偏見(もしあったとしてだが)が吹き飛んだのではないだろうか。ナイスな企画だったと思う。(髙野)

私も荻上監督の『バーバー吉野』を観た時に、独特のユーモア感を持った女性監督が出現したと思いました。その後の『恋は五・七・五』(05)、『かもめ食堂』(06)、『めがね』(07)、『トイレット』(10)と、順調に映画を作り、そのたびに思いもよらないユニークな登場人物が登場する意外性があり、毎回、今回はどんな人物像が出てくるのかなと楽しみになりました。弱者やマイナーな人たちに対する視点が暖かく、映画を観たあとはいつも楽しい気持ちになりました。今回はトランスジェンダーの人物が出てきます。生田斗真さんは男性的な体格だと思うけど、かなり女性っぽくなっていたのに驚いた。その影に葛藤があったのですね。(宮崎)


なお、「あいち国際女性映画祭2017」のレポートは下記からアクセスください。

あいち国際女性映画祭2017

http://www.cinemajournal.net/special/2017/aichi/index.html

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