昨年末、途中で断念してしまった第10回東京フィルメックス報告の後編をお届けします。
東京フィルメックスの公式HPのデイリーニュースに各イベントやQ&Aの模様が詳しくレポートされています。ここでは、それを補足する形で報告しますので、是非、公式HPを参照しながらお読みいただければ幸いです。
公式HPデイリーニュース→ http://filmex.net/mt/dailynews_2009/
来日中のルーマニア映画研究者、マニュエラ・チェルナットさんをゲストに迎え、ルーマニア映画の過去と現在についての講義が行われました。マニュエラ・チェルナットさんは、大学教授、ジャーナリスト、ドキュメンタリー製作者と多くの顔を持つ方。ベルリン映画祭第3代ディレクターのモリッツ・デ・ハデルンさんの従姉妹と、市山さんから紹介がありました。ルーマニア語が聴ける!と楽しみにしていたのですが、「英語の方がわかっていただける方もいるので」と、講義は英語で行われました。 ルーマニアといえば、鮮烈な印象を残したクリスティアン・ムンギウ監督の『4ヶ月、3週間と2日』(2007)を思い出します。本作がカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞したように、近年、ルーマニア映画は各地の映画祭で受賞しています。マニュエラさんは、「ルーマニア映画の歴史にその秘密があります」と、113年前に作られた初めての映画のことから話し始められました。映画産業の歴史は波乱万丈。発展したところへ政治的影響で中断することも。戦争、革命、外国の支配に翻弄されながら発展してきたルーマニア映画の歴史を30分という短い時間で概略をお話してくださいました。個々の作品について踏み込んで紹介していただく時間がなく、とても心残りでした。また、ルーマニアの作品を日本でなかなか観ることができないのも残念なことです。
東京フィルメックス10回の内、9回作品が上映されているアモス・ギタイ監督。一昨年はビデオメッセージ、昨年は、『いつか分かるだろう』のQ&Aの最中に市山さんの携帯に電話がかかるという形でフィルメックスに登場した監督が、久しぶりに来日され、『カルメル』上映前にトークイベントが開かれました。「とても個人的で、構成も特殊な『カルメル』という作品の背景を説明するために、市山さんがこの場を設けてくださったのでしょう」と語り始める監督。映画の柱になっているのは、お母さんが20歳の時からイスラエルの変化を綴ってきた書簡集と、紀元前70年に起こった支配者ローマ帝国との戦いを描いた『ユダヤ戦記』の二つ。今、身近に起こっていることから、過去が交錯すると監督は言います。ちなみに「カルメル」とは、監督が生まれ育った海辺の町ハイファのそばにある山。イスラエルを旅した時ハイファも通ったのですが、山には記憶がありません。調べてみたら、標高525.4m。我が故郷の六甲山より低い山でした。毎日見て育った山というのは、心にいつまでも残る特別なものですね。
と、話はそれましたが、映画『カルメル』への期待を大きくさせてくれるトークイベントでした。
アモス・ギタイ監督の家族の物語と、ユダヤの約束の地の過去と現代が交錯する壮大な作品。「お母さんに送られた手紙の中に花と折り紙などだけが詰められたものが印象的だったが実話なのか」と質問され、母について語る監督。1909年にイスラエル(当時はパレスチナ)に生まれた母。18歳の時、フロイトに会いたいと友人と二人でウィーンに行き、心理学を学びます。ヒトラーの独裁前のことでした。その後、1960年、突然再びフロイトの娘に会いたいとロンドンに1年間留学。監督はその間キブツに預けられ、その時代に母と交わした手紙のことを子ども時代の話として作品の中に取り入れたそうです。また、「世界の観客に向けてヘブライ語で上映することには限界があるのでは?」との質問に対しては、ヘブライ語は復活させて口語としても定着させたという点で、イスラエル国家建設の中で一番成功したもので、イスラエル人のアイデンティティとして重要なファクターであると語りました。監督の母の世代は、生まれた時からヘブライ語をしゃべっていた最初の世代。母親はあちこちに連れていかれて、大人たちの前でヘブライ語を話してみせるという役割を果たしたといいます。一方、父親は1930年代にドイツから亡命してきて、イスラエル社会にある程度の距離感を持っている人物。そういう両親の環境で育ったことをラッキーだと監督は語りました。
第1回東京フィルメックスにおいて『ふたりの人魚』でグランプリを受賞したロウ・イエ監督。今回、審査員として東京フィルメックスに帰ってきた監督の『春風沈酔の夜』が特別招待作品として上映されました。南京を舞台に、ホモセクシャルのカップルを中心とする5人の男女の人間模様を描いた作品。冒頭、『ブエノスアイレス 春光乍洩』を思い起こさせる男性二人の絡みシーン。ま、男性二人ですものね・・・と思いながら観ていたら、鏡を上目使いで覗き込むようにして前髪を整え、下着姿でチャチャを踊り出す主人公! これって、まさに、『欲望の翼』のレスリー・チャン演じるヨディ! ロウ・イエ監督がウォン・カーウァイ監督をお好きなのは間違いないと思った瞬間でした。上映後のQ&Aで、残念ながらこのことは確認できませんでしたが、たっぷりと作品について質疑応答が繰り広げられました。監督は舞台挨拶で、「本作は純粋なラブストーリー。人と人との間の身近に起こる日常を描いているのにすぎません」とおっしゃったのですが、質問は、とかく同性愛のことに。監督は脚本のメイ・フォンさんと議論するうちに、愛の範囲を大きく捉えて同性愛を入れてもいいのではないかということになったと説明されました。映画の中で強い印象を残す詩についても質問がありました。中国では高校の教科書にも載るほどポピュラーな郁達夫の小説の一節とのこと。監督は、郁達夫の作品が、個人をきちんと捉え、綿密に人間関係を描いているので好きだと語ります。舞台にした南京の町は、上海のように商業的でもなく、北京のように政治的でもない、現代中国では特別な雰囲気を持つ町。郁達夫の生きた時代の首都であり、文人の雰囲気の溢れる町だと感慨深く語る監督でした。
東京フィルメックス ディレクター林加奈子さん、プログラム・ディレクター市山尚三さんのお二人に、審査員の5名、崔洋一監督(審査委員長)、ロウ・イエ監督(中国)、ジョヴァンナ・フルヴィさん(イタリア、トロント国際映画祭アジア映画プログラマー)、ジャン=フランソワ・ロジェさん(フランス、シネマテーク・フランセーズ・プログラム・ディレクター)、チェン・シャンチーさん(台湾、女優)が登壇。
まずは、市山さんから観客賞の発表が行われました。クロージングで上映される『渇き』を除くコンペ作品・特別招待作品の中から、観客から一番支持を受けた作品は、『息もできない』(韓国・ヤン・イクチュン監督)。実は、暴力的でかなり最後の方まで引いてしまった作品。心が洗われるようなラストにホッとさせられたのですが、へぇ~ これが観客賞か~というのが、この発表を聞いた時の正直な感想。
次に、ジョヴァンナさんから審査員特別賞(コダックVISIONアワード)の発表。受賞作はイランのバフマン・ゴバディ監督作品『ペルシャ猫を誰も知らない』。おぉ~我が愛するイランの映画! と思いつつ、実は観た時に、かつてのゴバディ監督の映画の作風と違って少し拍子抜けした作品でした。思い返すと、まさに今のイラン社会の切迫した状況の中で、いかに自分たちの音楽を表現するかに奔走する若者たちの姿がまざまざと描かれていて、よくぞ作った!という作品だと反芻しています。(反芻といえば、ロックバンドが練習場所に困って、テヘラン郊外の牛舎で練習するのですが、牛がストレスでどんどん痩せていくのには笑いました。)
そして、最後に最優秀作品賞の発表。なんと、観客賞を取った『息もできない』が最優秀作品賞も取るというダブル受賞。観客と審査員の両方に支持されたのですねぇ。受賞理由については、東京フィルメックスの公式HPに詳細が記載されていますが、ちょっと驚きの結果でした。
審査委員長の崔洋一監督の総評が終わり、質疑応答も終ろうとする時、マイクを取って話し始めたのは、イラン出身でアメリカ在住のアミール・ナデリ監督。「遅れてきたのですが、間に合ってよかった! 『息もできない』に賞をありがとう! この10年観た中でも、素晴らしい映画です! カット!」と息巻きました。 毎日、スクリーンに穴があくのではないかと思うほど食い入るように映画をご覧になっていたナデリ監督にも、『息もできない』はお墨付きをいただいてしまいました。
受賞作2作の監督はお二人共不在で、受賞発表記者会見の写真は、審査員の方々のみということになりました。
盛りだくさんで充実の第10回東京フィルメックスも、11月29日にいよいよ最終日を迎えました。まずは、市山尚三さんから観客賞『息もできない』の発表。そして、コンペティション出品の10作品が紹介された後、審査員特別賞『ペルシャ猫を誰も知らない』の発表。バフマン・ゴバディ監督は残念ながら来日できず、イラン映画の日本への紹介や、通訳・字幕監修でお馴染みのショーレ・ゴルパリアンさんが代りにトロフィーを受け取り、ベルリンから届いた監督のメッセージを読み上げました。事情あってドイツに滞在中のゴバディ監督。「親愛なる日本の友達に会えなくて残念」という無念な思いがひしひしと伝わってきました。私もゴバディ監督に直接お祝いの言葉を言えなくて残念!
そして、最後に最優秀作品賞『息もできない』の発表。ヤン・イクチュン監督のメッセージが代読された後、韓国から届いたばかりのビデオメッセージがスクリーンいっぱいに映し出されます。奇声をあげて踊りながら監督がカメラに近寄ってきます。画面いっぱい監督の笑い顔。「直接会場で受賞の喜びのダンスを踊れればよかったのですが、家の近くで踊ることになりました。今後も踊るような気持ちで、包み隠さず表現していきたいです。それでは、変態ダンスをお見せします!(踊り狂う監督) 疲れた! 疲れた!」 映画の中で見せた凄みのある借金取りの姿との落差に戸惑うばかりでしたが、一気に、監督のことが大好きになりました。『息もできない』は公開が決まっているので、もう一度観ればきっと違う印象を持つことと楽しみです。
総評を述べた審査員長の崔洋一監督も、開口一番、「あんなお茶目な人に賞をあげてよかったのだろうか」と変態ダンスに唖然。崔監督は、「あなたをびっくりさせてあげる」という林さんの言葉で誘われて審査員として参加した第10回の東京フィルメックスを振り返り、審査員の仲間に謝辞を述べ、そして、「映画祭の10年を牽引し続ける林さんと市山さん、そしてボランティアの皆さんに心から感謝します。そして何よりフィルメックスの要である観客の皆さんの高潔な姿に感謝します」とマイクを置きました。
最後に、林加奈子さんが閉会宣言。「10回の記念の年。10回は20回への折り返し。100回までの最初の一歩です。私たちの夢は続きます。映画の未来に向って歩き続けます。また来年お会いしましょう!」
閉会式に続き、クロージング作品『渇き』のパク・チャヌク監督が舞台挨拶。「フィルメックスに参加した韓国の監督たちから、ほんとに面白い映画祭と聞いて、呼んでくれるのを待っていたのですが、ここに来るまで10年かかりました」と、やっと参加できた喜びを語りました。「この作品はヴァンパイア物。血と暴力も出てきますが、ユーモラスなシーンもありますので、あまり緊張しないで笑えるところでは笑って観てください。日本で劇場公開されますので、いい噂を広げてください」と観客に呼びかけました。
ソン・ガンホ演じる神父がヴァンパイアになると聞いただけで、可笑しくないはずがないと期待が高まります。ペットボトルに溜めておいた血をさりげなく飲むソン・ガンホ! さすがな演技に唸ります。上映後のQ&Aの最初の質問は、やはりソン・ガンホのキャスティングのことでした。『JSA』の撮影中にストーリーを構想していたそうで、真っ先にソン・ガンホに聞かせたら、「あまり面白そうな話じゃないですね」と言われたとか。ガンホを起用したいきさつを色々思い巡らしながら語った最後に、「一番の動機は私とガンホが飲み友達で、他の俳優と仕事をしたら、終ってからわざわざ彼に会いに行かないといけないけれど、彼と仕事すればそのまま飲みに行けるから」と、かなり本気な様子の監督でした。そもそも本作の発想は、神父が誘惑に負けて堕落するとしたら?ということだったと語る監督。クライマックスで聖職者としてあるまじき行動に出る場面は、あえて信者たちに堕落した姿を見せて目を開かせようとする意図があったそうですが、マスコミ試写ではその場面だけが大きくクローズアップして取り上げられて、試写のその場でノートパソコンから「今、ガンホがズボンをおろして・・・」と実況送信する記者もいたそうです。演出が間違っていたかもと、ぼやく監督でした。姑役のキム・へスクさんが、途中から話ができなくなり膠着状態で事態を眺めていることについて質問したのはシネジャの協力スタッフでイ・ビョンホン贔屓のTさん。ほんとは、『JSA』の時に構想を練っていて、ソン・ガンホから「美男子でなくてよいのか?」と言われたという監督の話に「イ・ビョンホンを冷たく美しくシャープなイメージの吸血鬼役に起用するというパターンは思い浮かばなかったのでしょうか?」という質問をしたくてたまらなかったと後で言っていました。が、この姑が無言で見守るということには、神父の行動を審判する神の目でもあり、神父自身を映す鏡としての役割も果たしているという深い意味があるとの説明があり、実に意義ある質問でした。
Q&Aの最後に、市山尚三さんが、「監督を10年呼べなかった釈明を。監督の映画はいつも9月頃に公開されるのでタイミングが合わなかった。今回の作品は来年2月に公開されるので、お呼びすることができました」と締めました。ずっしり濃厚な映画の後に、重厚な質疑応答が繰り広げられ、フィルメックスらしい最後となりました。
★2月発行予定のシネマジャーナル78号に、第10回東京フィルメックスで上映された作品の紹介や感想を掲載します!