2003年7月1日 飯田橋アグネスホテルにて
この日は朝から個別取材でそれぞれに忙しかった3人、なごやかに揃って記者会見場に登場。 ポン・ジュノ監督は、黒の上下、イ・ソンジェは、グレーのシャツに白いパンツ、 ペ・ドゥナは黒地に胸元にカラフルなスパンコールの飾りがついたノースリーブにジーンズ。 皆、ラフなスタイル。ペ・ドゥナは、お化粧もして少し女っぽいイメージ。 くるくる動く丸い目が、やはり映画の中の彼女でした。
会見に先立ち、ポスターの前で行われたフォトセッションでは、緊張したり、笑ったり、 肩を組んでみたり・・・ 思えば映画完成からすでに3年。 ちょっとした同窓会気分もあったのかもしれません。 会見中、堂々と構えた監督と対照的に、よく笑うイ・ソンジェとペ・ドゥナでした。
◆犬
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—— ストーリーの中に犬を取り入れたのは?
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監督 : 愛犬失踪事件だけれど、犬のことを描きたかったわけではありません。 むしろ犬に焦点を当てるのでなく、登場するいろいろな人物を象徴するものとして犬を取り上げました。
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—— 犬を食べる伝統、賄賂の問題など、 韓国ならではの背景を踏まえて描いていらっしゃいますが、 日本の観客にこの映画のどんなところを観て欲しいですか?
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監督 : 伝統は別として、韓国も日本も日常を生きている姿は同じだと思います。 退屈な日常から抜け出したいという夢も持っていると思います。 現実と妥協したくないと思いながら妥協して生きているという面もあると思います。 映画の雰囲気が漫画チックだから、リアリティを描いていながら、 日本人にも通じるところがあると思います。 個人的に日本の漫画が大好きで、そんなところも作品に影響しています。
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—— 具体的にどんな部分が漫画の影響を受けているのでしょうか?
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監督 : どの部分が影響を受けているというのでなく、 潜在的に影響を受けているといえます。子どものころから漫画を観ていて描くのも好きでした。 浦沢直樹さんの場面展開の方法の面白さ、 「ぼのぼの」も風変わりなおかしな編集のリズムにひかれます。そういう影響を受けているかもしれません。
◆配役
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—— 2人を選んだ理由は?
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監督 : イ・ソンジェは、キャラクターが繊細で、 か弱い感じに合っていると思いました。 韓国にはマッチョな感じの俳優は多いけれど、線の細い彼のような人は少ないのです。 ペ・ドゥナは今でこそ韓国を代表する女優ですが、当時は新人。 以前の作品のイメージがなく普段着の姿がこのキャラクターに合っていて、 自分の考えていたイメージにぴったりでしたので、普段どおりに演じてくれれば成功すると思いました。
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—— ペ・ドゥナさんは、本作の前に出演作があるにもかかわらず、 本作をデビュー作と思う位愛しているといわれていますが、どういうところが気に入っているの ですか?
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ドゥナ : 他のドラマの仕事をしていたけれど、 シナリオが非常によかったので演じてみたいと思ったのです。 ヒョンナムのキャラクターに自分があっていると思いました。
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—— (主演お2人に) 個性的な映画に出られましたが、出演作を決めるときのポイントは?
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ソンジェ : 私の場合は台本を読んだときの最初の印象で決めます。 (1) 面白いかどうか (2) 感動を与えるかどうか (3) 観たあとに余韻が残るかどうかの3点が自分なりの決め手。 この3つのバランスは作品によってさまざまですが、『ほえる犬は噛まない』の場合は、 この3つの要素が一番かみ合っているような気がしました。
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ドゥナ : 出演を決めるポイントはたった一つ、 監督を見て決めるということです。 『猫にお願い』は、シナリオをいただいてから断りに行ったのですが、 監督にお会いしたら以前の短編映画を見せられて、やっぱり出演しようと思い直しました。 いい監督であれば、いいキャラクターが生まれ、いい作品が作れると思うので、 100%監督が決め手です。この映画もそうでした。
◆役作り
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—— お2人は、役に入り込むタイプですか?
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ソンジェ : 役作りにあたっては、いつも撮影に入る前に、 監督とどういう風に日常の姿を演じればいいかを話し合いながら撮りました。撮影するときには、 集中して役に入り込もうと努力しています。一作ごとに役になりきるようにしています。
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ドゥナ : 初めてで、どういう風にしたら役柄になりきれるのか、 感情の持っていきかたなどわからなかったので、監督に聞きながら言われるままに演じました。 一日中走り回ったりしているうちに、なんとなく役柄に入り込めましたが、今から思うとまだまだですね。
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—— ペ・ドゥナさんの素顔が映画のイメージと違いましたが、 メイクアップはどのように?
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ソンジェ : 彼女はノーメークに近い形で撮影に臨んでいました。 普通の女優さんは、自分がいかに可愛く映るかを考えるのに、 彼女の場合はありのままの自分を出して臨んでいました。
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ドゥナ : 映画に本格的に出たのは初めてでしたので・・・・ 普段、退屈なときは顔が丸く映っていると思いますが、苦労するうちに、特殊メークをしなくても、 だんだん痩せて、最初と後の方では顔が違ってきたと思います。
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—— どんな風に役作りを?
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ソンジェ : 複雑な心理の持ち主で、演じやすそうでいて、 非常に難しい役でした。彼がどういう気持ちでいるのかを監督とよく話し合って、 監督の指示する通りに演じました。私は以前下積みの時代に、同じような状況に置かれたことがあるので、 性格をつかむのはすんなりとできました。アパートで起きたことなどその頃の経験を思い出したりして、 かなり役立ったと思います。
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ドゥナ : 私にとって、ヒョンナムは理想の女性でもありました。 一見現実的でないキャラクターかもしれません。まぬけだったり、ずっこけたりして見えるのですが、 正義感が強くて、他人のことをほっておけなくて夢中になってしまう、 そんな姿が私の理想像に見えて、この役を引き受けました。
◆走る
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—— ソンジェさんの手を振りながらの走り方は地なのか、演技なのか・・?
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ソンジェ : 普段はあんな風に走りませんよ(笑)。
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監督 : あんな風に走れとも言っていません。
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—— 他の映画でも、同じように走っていたシーンがあったのですが・・・・ 『風林高』(『新羅の月』)だったかと思うのですが・・・
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ソンジェ : 手の動きは、走れば自然にあのようになるのではないでしょうか? (と、手を前後に振る) 皆さんもこんなふうに走りませんか?カール・ルイス走法とも言うのですよ。
◆脚本
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—— 不思議な話が自然に細部にわたってちりばめられていますが、 さりげない日常を描くにあたって脚本を書く上で苦労したことは?
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監督 : 今にして思えば、死ぬほど苦労しました。 モチーフ自体が風変わりで、小さなストーリー、小さなネタの積み重ねで、 これで長編が出来るのかと心配でした。周囲にいる友達も、 大きなストーリーを描いたほうがいいのではとアドバイスしてくれたけれど、そういわれるたびに、 意固地になって、風変わりなものをなんとかまとめたいと思いました。 映画の中に見られる細部のエピソードは、自分の周囲で起こったことをまとめたのですが、 2人の性格が正反対で、それをまとめることによって、面白みが出たと思います。
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—— あの夫婦の関係はモデルがいるのでしょうか?
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監督 : 自分の夫婦生活を描いたわけじゃないですよ。
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2人 : え〜 そうじゃないんですか? (と、監督のほうを覗き込む2人)
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監督 : 周囲の友人たちのエピソードから描いたのですよ。
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ソンジェ : 奥さんがハンマーを投げる所は監督の経験じゃぁ?
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監督 : (首を振って一生懸命否定)
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—— 胡桃を割るシーンは2人の関係を如実に表していますよね?
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監督 : 夫婦関係をああいう描き方をしたのは、IMF不況のころの、 会社をクビになったりした風潮を現しています。
◆映像 そして 色
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—— 『ほえる犬は噛まない』と、『殺人の追憶』の共通点として、 映像の素晴らしさが際立っていましたが、映像へのこだわりは?
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監督 : まだまだ駆け出しですので、自分自身のスタイルが確立されていないのですが、 「映画的な映像」とは何かを考えながら撮っています。
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—— 色使いについて、黄色がたくさん出てきましたが、意味はあるのでしょうか? また、真っ赤な服を着て犬を捨てにいく人はいないと思うのですが・・・
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監督 : 全体を通して見ると、 後半に行くにしたがって黄色が増していくような流れになっています。 色使いも微妙に変わっていきます。ドゥナが最初、事務所でつまらない仕事をしている場面では白を着ています。 空間も白で統一されています。地下鉄のシーンも灰色です。だんだん事件が起こってくるにつれ、 黄色が増えてきます。屋上でみんなが黄色のカッパを着て応援して、漫画的、 狂的な印象になっていきます。ソンジェさんが赤い服を着て犬を投げるシーンも、漫画的なクライマックスです。 追っかけっこをする場面を極端な黄色と赤を配置して、 非現実的な漫画的な映像を感じ取っていただければと思いました。 アメリカで上映したときには、赤いのはドミノピザの配達員の服ではないかと言われました (笑)。
◆音楽
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—— 殺伐とした場面になりかねない地下室の場面などで、 ジャズがとてもおしゃれな感じでした。これも監督の意向でしょうか?
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監督 : 最初の段階で音楽の担当と全体的な部分で音楽をどうするか、 散々議論しました。悩んだ末にジャズを選んだのは、この映画は面白い面がありながら、 深刻な場面もあり、様々な感情を表現するのに効果的だと思ったからです。 音楽の使い方についていえば、普通は観客の感情を盛り上げたりするのに使うのですが、 今回は画面と音楽の不一致、少しずれているのでは、と思ってもらえるような使い方をしたいと思いました。
◆ふたつのラストシーン
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—— お2人それぞれ、気に入っている場面をお聞かせください。
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ドゥナ : 太った友人とのシーンが面白かったです。 屋上でユンジンを見つけたときに、彼女は下を見ていて、 私は上を見ていて双眼鏡を落としてしまうという。 地下鉄の中で、寝てしまった私の前髪を彼女がなおしてくれているシーンや、 最後の山の中に入っていくシーンも好きです。
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ソンジェ : 自分自身で観てもコミカルで笑えたのは、犬を抱いて走る場面です。 子犬を抱っこして走るシーンは、犬にとってもしんどい場面で緊張して「大」の方を漏らしたのですよ。 (ということは「大」の行方は・・・・???) それと、最後の講義室で外を眺める表情が難しくて大変でした。今思えば愛着のあるシーンです。
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—— その最後の教室での表情が絶望的で印象的でしたが・・・
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監督 : この映画には2人の主人公がいます。 ユンジュのストーリーの集大成が教室での絶望的な表情。 どうしても教授になりたかった、でも、なってみたら、暗闇の中にいるような気分。 一方ヒョンナムが光にあたって森の中に入っていくシーンは対照的で、暗と明をあらわしています。 この対比が映画のテーマであるといえます。
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監督、ペ・ドゥナ、イ・ソンジェ
ポン・ジュノ監督
ペ・ドゥナ
ペ・ドゥナ
ペ・ドゥナ、イ・ソンジェ
ペ・ドゥナ、イ・ソンジェ
記者会見 ペ・ドゥナ、イ・ソンジェ
記者会見 ペ・ドゥナ、イ・ソンジェ
記者会見 ペ・ドゥナ、イ・ソンジェ
記者会見 ペ・ドゥナ、イ・ソンジェ
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ポン・ジュノ監督が1995年に撮った短編『支離滅裂』を今年のぴあフィルムフェスティバル『韓国人気監督のファーストステップ』で観ることができました。ポルノ雑誌を愛読する教授、門前の牛乳を盗む新聞記者、立ちションする検事という3人が、テレビで社会道徳について語るというオチ。日常をさりげなく綴りながら、どきっとさせてくれるという点は『ほえる犬は噛まない』にもみられる面白さ。最新作『殺人の追憶』が空前のヒットとなり、今年度大鐘賞で監督賞など4賞を受賞した監督。 今後の作品にも期待が高まります。もちろん、主役2人の今後の活躍も楽しみです。
『殺人の追憶』 東京国際映画祭にて上映 11月9日(日) 11:30 〜 オーチャードホール
リンク
>> 特別記事『ほえる犬は噛まない』主演イ・ソンジェ インタビュー
>> 作品紹介
>> 『ほえる犬は噛まない』公式サイト http://www.hoeruinu.com/
>> イ・ソンジェ日本公式ファンサイト「みどりさいだあ」 http://www2.mnx.jp/‾jun0169/
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