アジアとヨーロッパが出会う町イスタンブールで暮らす7匹の野良猫たちと、彼らを優しく見守る人たちを描いた『猫が教えてくれたこと』。11月18日より公開されるのを前に来日したジェイダ・トルン監督にお話を伺いました。
イスタンブールに生まれ、苦難の多い子供時代を野良猫と共に過ごした。母親には狂犬病を心配され、姉からは蚤を家に持ち込むのではと心配されていた。11歳の時に家族と共にトルコを離れ、ヨルダンのアンマンで暮らした後、高校生の時にニューヨークへ移り、それ以降野良猫に出会うことはなくなった。ボストン大学で人類学を学んだ後、イスタンブールへ戻ってレハ・エルデム監督のアシスタントを務めた。その後、ロンドンへ渡り、プロデューサーのクリス・オーティの下で働いた。そしてアメリカへ戻り、撮影監督のチャーリー・ウッパーマンと共にターマイト・フィルムズを設立し、初めて長編ドキュメンタリーを監督。親しい猫たちに会えないことを今でも寂しく思っており、ロサンゼルスで猫を見かけるたびに胸をときめかせている。
監督:ジェイダ・トルン
製作:ジェイダ・トルン、チャーリー・ウッパーマン
出演猫(castならぬ cats) :サリ、ベンギュ、アスラン・パーチャシ、サイコパス、デニス、ガムシズ、デュマン
映画の詳細は作品紹介ブログで!
http://cinemajournal-review.seesaa.net/article/454803838.html
― イスタンブールは大好きな町で、冒頭、ガラタ塔や、ボスポラス海峡越しにモスクが見えて、すぐにでもイスタンブールに飛んでいきたくなりました。監督はイスタンブールで生まれて11歳の時に国を出られたので、さらにイスタンブールへの思いが強いのではないでしょうか? 映画からイスタンブールへの愛も感じました。
監督:まさにそうですね。私の第一の故郷へのラブレターともいえますね。
― この映画では、いわゆる歴史地区の旧市街は遠くからしか映してないですね。
監督:この映画では、なるべく観光客の知らないイスタンブールを見せたいと思いました。皆がイスタンブールというと思い浮かべるスルタンアフメット地区(ブルーモスクやアヤソフィアのあるあたり)は、猫のストーりーのつなぎで少し出してはいますが。
― 監督が育ったのはどのあたりですか?
監督:アジア側のカドキョイ近くのニューモダンといわれる住宅街で、ギョズテペというところです。
― 高層ビルが増えて、開発が進んでいる様子も出てきました。そんな中で、古き良きイスタンブールの街を映像におさめようとされたのではと思いました。監督のお住まいだったあたりも、変わりましたか?
監督:はい、ずいぶん変わりました。11歳の時にイスタンブールを離れてから、毎年帰ってきてはいたのですが、年々変わっています。1980年代から、大きな変化が起こり始め、徐々に変わっていきました。
― そもそも11歳の時にヨルダンのアンマンに移られたのは、お父様のお仕事の関係ですか?
監督;母がアメリカ人と再婚したのですが、新しい父はUNESCO(国際連合教育科学文化機関)の中東事務局長をしていました。その関係でアンマンに移りました。
― その後、ボストン大学で人類学を学ばれていますが、映画製作にはいつごろから興味をお持ちでしたか?
監督:映画には、小さい頃からずっと興味がありました。両親が大学の授業料を払ってまで学ぶ分野じゃないと思っていたので、諦めて人類学を学びましたが、映画を撮る上で違う視点で見られるのでよかったと思っています。とても役に立っています。
― 大学卒業後、トルコでレハ・エルデム監督のアシスタントを務められていますね。
監督:大学を卒業して、まずニューヨークで1年仕事をしていました。その後、今、イスタンブールに行かないと、もう絶対行けないと思って行きました。1999年のことです。CMに1~2億ドルという大きな予算が出ていたCMの黄金時代です。レハ・エルデム監督の長編映画のアシスタントではなく、ペプシコーラのCMなどを手伝って、ものすごく短期間でたくさんのことを学びました。レハ・エルデム監督は、CMでお金を稼いで、それを元に長編映画を作っていました。トルコでは政府が映画にはお金を出しませんので。
― トルコのハンダン・イペクチ監督など、何人かの監督さんたちにお会いしたことがありますが、皆さん、資金集めが大変とおっしゃっていました。この映画はいかがでしたか?
監督:創造的な映画にコントロールを加えようとするところからはお金を貰いたくなかったです。この映画もトルコからは資金が出なくて、チャーリー・ウッパーマンのルートでドイツから得ました。
― チャーリー・ウッパーマンさんは、プライベートでもパートナーですね。どちらで知り合ったのですか?
監督:11年前、ロンドンで仕事をしている時に知り合いました。その後、私がロサンゼルスに行くことになって、彼を説得して一緒に来てもらいました。
― チャーリーさんは撮影も担当されていますね。猫目線での撮影は大変だったと思います。どのようなご苦労が?
監督:猫の目線にあわせた低いところからの撮り方をいろいろ試すことができてよかったです。夫が撮影監督で、プロデューサーなのは、いちいち会議を開かなくてもいつでも話せるのでとても便利です。毎日、映画のことを考えていられます!
― 次の作品も一緒に作られますか?
監督:彼は私と働かなくてもいいけど、私には彼が必要です。とてもいい撮影監督ですので。
― アザーン(モスクからのお祈りを促す声)をはじめ、町の音もイスタンブール独特のものを捉えていました。音を録るのにも苦労されたのではないでしょうか。
監督:イエスの部分とノーの部分があります。町の雰囲気を伝えるのに音響(サウンドデザイン)は、とても大事です。ご存じの通り、イスタンブールには独特の音があります。でも、どこでもそうですよね。東京はお手洗いの水流の音が独特ですね。東京についての映画を撮るとしたら、お手洗いの音を録らなくては! 笑
― 使っている歌が、どれもが郷愁をそそるものばかりでした。どのように選曲されましたか?
監督:曲もとても大事でした。1940年代、50年代、60年代、70年代、それぞれの音楽を選びました。観た人が、それぞれに懐かしく感じると思います。
― 特に「ウスクダラ」は、日本でも1960年代に日本語でカバーしたものを江利チエミが唄って大ヒットしましたので、日本人の心にも響くと思います。
監督:「ウスクダラ」は、母のお気に入りの曲です。母が観ると、あの曲のところで特に感じてくれると思いました。
― お母様は映画をご覧になっていかがでしたか?
監督:もちろん、とても気に入ってくれました。精神療法士なのですが、「皆にとってセラピーになる映画ね」と言ってました。
― 本作はアメリかで大ヒットしましたが、トルコでも公開されたのでしょうか?
監督:この夏にトルコで公開されました。トルコでは普通、ドキュメンタリーは映画館で公開されないのですが、映画館で上映されてヒットしました。
― 猫ちゃんたちにも観てもらえたのでしょうか?
監督:出演した猫たちには観てもらってないのですが、猫も連れて入れるスクリーンで観た方が、猫がじっとスクリーンを見入っている姿を動画に撮って送ってくれました。猫はとても面白い反応をしてくれました。
― いつか、出演した猫ちゃんたちにも観て貰えるといいですね。
― イスタンブールの人たちが猫に優しいところも、よく映し出されていました。
「犬猫専用の水。来世で水に苦労したくなければ絶対この水に触れるな」の立て札が印象に残りました。
監督:あの言葉は、ベンギュをブラッシングしていた身体の大きな男性が書いたものです。
― トルコはイスラム教徒が多くて、イスラムではムハンマドが猫を飼っていたことから猫は特に大事にされるけど、犬は嫌われる存在かと思います。ですので、あの立て札は印象に残りました。トルコでは、やはり猫好きのほうが、犬好きより多いですか?
監督: 猫が好きな人たちは、どんな動物も好きだと思います。
― 日本では、猫と犬どちらもというより、猫派か犬派かに分かれて、半々くらいかなと思います。ところで、イランでは、犬を飼うのを政府がイスラム的でないと禁じようとしたことがあります。成立しませんでしたが、犬が散歩できる場所は、とても限られています。それでも、ペットとして犬を飼う人が増えています。トルコはいかがですか?
監督:最近、トルコでもペットとして犬を飼うのが流行りです。以前は、羊飼いなど仕事の目的があって犬を飼っていたのですが。 それと、トルコのムスリムは、イスラムを厳しく解釈するのでなく、ムハンマドをお手本にした、もっとスピリチュアルなものと捉えています。ムハンマドは思いやりのある方で、蟻から象まで大切にしました。
― トルコを旅した時には、ほんとに親切にしてもらいました。動物だけでなく人間にも優しい人たちですね。お客様は神様からの贈り物というイスラムの教えがありますね。どこにいってもチャイを出してくれて、トイレの中でもトイレ番のおばあさんがお茶を出してくださいました。
監督:そうですね。どこでも、チャイ、チャイ、チャイ(笑)。
― 私の所属しているシネマジャーナルを創刊したメンバーの一人、泉悦子が作った『みんな生きている~飼い主のいない猫と暮らして~』(2014年)という映画があります。日本では、行政が野良犬や野良猫を殺処分しています。そんな中で、野良猫を保護して育てている人たちを追ったドキュメンタリーです。トルコでは、野良猫に対して、行政はどのような方策をとっているのでしょうか?
監督:各自治体によって違うのですが、捕まえて去勢したり、電話すると去勢してくれたりします。野良猫を一掃処分するというおふれを政府が出したことがありますが、それはEUに入りたいという目的でアピールしたもので、住民が反対しました。トルコでは、一般的に猫が処分されるということはあまりありませんが、野良犬は結構処分されるようです。
― 次の作品はどのようなテーマで撮られますか?
監督:次は、一つ、フィクションでスリラーを考えています。観ていて強くなれるようなものです。あと二つ、ドキュメンタリーを考えています。スーフィズム(神秘主義)を取り上げます。といっても、個人的な心の問題です。
― 今後の作品も日本で観られることを楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました。
最後に、谷中の朝倉彫塑館での「猫百態」展のチラシを差し上げました。「あまり可愛くないですけど」と言ったら、「可愛くなくてもいいの。この猫たちは、エレガントなところもありますよね」と監督。ほんとに猫好きなのだなぁと思いました。
私は特に猫好きではないのですが、この映画は何より大好きなイスタンブールの町がたっぷり見られるので、最初から最後までわくわく♪ ついついイスタンブールの話に熱中して、肝心の出演猫たちのことを聞く時間がなくなってしまいました。この映画で描かれている猫たちの生態、ほんとに面白いのです。猫好きはもちろん、猫に興味のない方にもお勧めの映画です。
ガラタ塔の袂を寝城にする虎猫の「サリ」は、母親になり、子猫たちのために餌を探す日々。
工場で暮らすメス猫の「ベンギュ」は、甘え上手でなでられるのが大好き。
ボスポラス海峡沿いのレストランの店先に住む「アスラン・パーチャシ(小さなライオン)」は、鼠退治の名人。
最強のメス猫、「サイコパス」。餌は食べ残しを旦那に。自分より可愛い猫がいると嫉妬心丸出しで襲う。
オーガニック・マーケットで皆に愛されている「デニス」。陳列台の陰で遊び、お茶の箱に挟まれて眠る。
アーテイストの多いジハンギルで暮らす「ガムシズ(憂いがない=お気楽)」は、よく怪我をするけど気にしない。
ハイソなニシャンタシュの高級レストラン「デリカッテッセン」の前に住み着いている「デュマン」。灰色の毛に翠の目の高貴な雰囲気。お腹が空いても店の中には決して入らない。ガラスを叩いて知らせる礼儀正しさ。