日本初の女性報道写真家笹本恒子と伝説のジャーナリストむのたけじ。カメラとペン、ふたりの101歳の生き方を見つめたドキュメンタリー。
笹本恒子さんは1914年東京生まれ。日本初の女性報道写真家として、歴史の節目に立ち会ってきた。102歳の今も現役である。それでも長い間、他の分野で活躍の後、写真家として再び脚光をあびたのは70代以降。著名な女性を撮影した写真展「昭和史を彩った人たち」で再び写真家として復帰。90代以降は、おしゃれなライフスタイルと合わせて紹介されることも多い。
むのたけじさんは1915年秋田県生まれ。新聞記者として働いていたが1945年8月15日、「負け戦を勝ち戦のように報じて国民を裏切ったけじめをつける」と新聞社を辞め、故郷へ帰り地方紙「たいまつ」を発行。1978年まで続け、新聞人としての信念を貫いた。戦後もジャーナリストとして活躍し、若い世代に平和を訴え、反戦の立場から言論活動を続けた。
2014年4月、「笹本恒子 100歳展」会場での、二人の100歳によるトークショーからこの作品は始まる。カメラは100歳を超えてなお現役で活躍する二人の命の輝きと、その生き様に迫っていく。二人の証言を通して激動の時代の人間ドラマも描かる。フリーランスとして独自の道を歩み100年の歳月をしなやかに生き抜き、笑いながら終えようとする二人には学ぶべき自由な生き方が詰まっている。
残念ながら、むのたけじさんは去年(2016年)8月に亡くなったが去年5月まで反戦平和を訴え続けた。
監督・脚本 河邑厚徳
語り 谷原章介
音楽 加古隆
プロデューサー:平形則安
公式HP http://www.warau101.com/
1948年生まれ。映画監督。女子美術大学教授。元NHKディレクター/プロデューサー。「がん宣告」「シルクロード」「チベット死者の書」等の作品で新しい映像世界を開拓した映像ジャーナリスト。国内外で数多く受賞すると共に日本におけるTVドキュメンタリーのスタンダードを確立。初の長編ドキュメンタリー映画『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ"』(12)も高い評価を得る。本作が『大津波 3.11 未来への記憶』(15)に続く3本目の長編映画になる。
編集部:「シルクロード」(NHKのTV番組)は、私にとってアジアや世界に目を向けるきっかけになった番組でした。『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ"』を観た時に、河邑監督がその「シルクロード」を作った方ということを知り、その時から気になっていました。
また、笹本さんのことは、私自身報道写真を目指していたので知っていましたし、マスコミでもずいぶん取り上げられているのでよく知られていますが、私がむのたけじさんを知ったのは30年くらい前でした。むのたけじさんという方が、戦争中の自身の記事を恥じ、戦後すぐ新聞社をやめて故郷に帰り「たいまつ」という新聞をガリ版刷りから始めたと聞き興味を持っていました。そして、1978年まで「たいまつ」を続けていたということを、この映画がきっかけで改めて知りました。むのさんは知る人ぞ知るという存在だと思うので、貴重な記録になったと思います。二人を映画にまとめようと思ったきっかけは?
監督:正確にいうと、2014年の横浜の笹本恒子写真展での2人の対談がきっかけでした。むのさんの名前は聞いていたけど、まだ元気で活躍していらっしゃることを知らなかったのでびっくりしました。ちゃんと発言されているのを知って、絶対記録すべきと思いました。ほんとに、いつ最後のチャンスになるかわからないと思いましたので。その時には、具体的に何かを作るという考えはなかったけれど、とにかく記録しなくてはと思いました。
笹本さんは96歳でブレークして、NHKの番組や「徹子の部屋」にも出ていたし、本も出ていたので知ってはいたのですが、笹本さんがどういう方なのかは、世の中に出ている形だけだと、すごく高齢なのに元気で、一種、女性の生き方のライフスタイルという側面が強くでていたように思います。二人の対談を聞いていて、二人ともこの100年を生きてきて、戦前・戦中・戦後と日本の大きな変わり目をくぐり抜け、一人はジャーナリスト、一人は写真という手法で記録を残してきた人。過去に対する記憶が薄れているし、平成29年にもなり昭和も遠くなっている。どうやって、あの時代を日本人が後世に伝えていくかが大きなテーマになってきている。二人を組み合わせることで、なんか関心が広がるかなと思いました。
むのさん、笹本さん、それぞれに関心のある人は必ずしも一致しない。生き方も全く違うし、二人を一緒に描いたら、いろいろな見方ができるし豊かなものになるのではと思いました。最初は、結果は見えているわけじゃないけど、とにかく「記録に残さなくては」と始めました。
編集部:笹本さんの写真展は、70代で復活した時から見ているのですけど、96歳になっておしゃれな生き方がクローズアップされて、それはそれで嬉しいけれど、日本の女性の報道写真家第一号ですし、おしゃれな生き方より、そちらの部分をなんとか紹介してほしいなと思っていました。
むのさんは忘れられたような部分もあったから、笹本さんに興味のある人が観にきて、むのさんにも興味を持ってもらえればと思います。私のように両方に興味があって観る人もいると思いますが、どちらかに興味のある人が観て、相乗効果があると思いました。
監督:まさにその通りです。笹本さんについては、写真家としての彼女をちゃんと伝えたいと思いました。ベースに“女”があるでしょう。男性の写真家はたくさんいるけど、笹本さんが撮っているものは、女性なりのアプローチで自分の関心がある人を撮る。どこかの組織に属してない背景のないフリーランスでやり続けてきたというのが大事なところだと思います。無印の人が一流の人を撮影するには丁寧な仕事をされる。手紙を書いて、こういうことをしたいと丁寧にアプローチしています。やらせ的なことはやらない。相手を怒らせたりせずに、自然体でその場で素の表情を捉えようとしています。
笹本さんとむのさんを二人一緒に作りながら感じたのは、二人は基本的に”自由“ということを一生大切に生きてきた人だと思いました。一番不自由な時代に育った人たち。幼少の時から、日中戦争、太平洋戦争と、戦争の時代を過ごしてきて、日本が全体主義で、あらゆることを強制されたり指示されたりしてきました。その中で、自分らしく生きることを模索している点で共通していると思いました。
むのさんは朝日新聞を辞めてから組織に属することはなかった。笹本さんもフリーランスでやってこられた。二人とも感心のあることに常に興味を持ちながら、前を向いて生きてきて、自分がやるべきことをやってきたら、気がついたら100歳になっちゃったというところが素晴らしいと思います。だから長生きしたんだと思うんですよ。
編集部:日野原重明さんにしても、100歳過ぎても医師というやりたいことを仕事にしているという感じ。それが長生きの秘訣かなと思います。この映画で二人の生き様を見ていて、せかせかせず、自分のしたいことをしている。自分たちの忙しい生き方を見直さなくてはいけないなと思ったりしました。世の中の人にも、自分の生き方に対して参考になるんじゃないかなと思います。
監督:昔のライフスタイルを学ぶ。仕事をして終ったら余生、老後。超高齢化社会になって、老後をどう生きていくのか、どう締めくくっていくのかというのが大きなテーマになっていると思いますが、二人に共通しているのは、人生上り坂があって、どこからか下り坂という意識はなくて、ずっと登り坂。むのさんは死ぬ時は人生のてっぺんと言っていました。健康や経済の問題もあるけど、それだけでなく意識として、与えられた命をどうまっとうするのかという生き方のお手本のようなものを感じました。
編集部:NHKのあとフリーランスになられましたが、その後3本の長編映画を撮っています。
NHK時代の番組も私の興味のあるものが多いのですが、監督自身が撮りたい作品の企画を出して、そういう生き方をしてきたのかなと思ったのですが…。
監督:NHKの場合、基本は自分の企画を採用してもらうという努力はし続けていました。「シルクロード」などのシリーズでは与えられたものをどう作るかという部分でコミットしていると思います。そういう意味では、定年までNHKでは自分でやりたいものをやらせてもらい充実していました。
編集部:TVでは誰が作ったというところまで見ないことが多いじゃないですか。映画だと「この作品の監督は?」みたいなところありますよね。
監督 放送と映画では全く違うと思いました。放送は一方向。映画は作っても観てもらえないこともある。でも観て貰ったとたん、観た方の反応が強く伝わってくる。同じ映像なのに別物なのだなと。映画館でやるというのは特別。今、3作目ですが、二人に習って後10本位作らないと(笑)。
編集部:これまで3作作ってきて、年配の方を撮っているのが2本。興味の中に先達の人たちへの生き様などがあるのですか?
監督:それはそういうことありますよね。TVのドキュメンタリーでも金子兜太さんや新藤兼人さんのこともやってきました。ただ、この10年くらいの中で一番やろうとしたのは昭和史なんです。あの時代と、あの戦争を知っている人が減ってきた中で、ちゃんと記録して映像に残して、なんらかの形で後世に知らせないといけないというのは、この仕事をしてきたものの責任かなと思い意識しています。
だからこの二人も、ひとつの入り口は戦前、戦中、戦後の昭和史、現代史が背景にあったんです。
でも撮っているうちに、それだけでない人の命とか人が生きることとか、人間てこんなに可能性もあるし、素晴らしいものだということが見えてきました。観る方によって見えることが違うと思います。高齢の人には残りの人生をどう過ごすかのヒントになるでしょうし、若い人にたくさん観てもらって、昭和史でないけど戦前回帰のような雰囲気を感じてほしい。
むのさんは最後まで記録できましたが、でも記録して終わりではない。むのさんはまだまだ死にたくなかったろうし、まだまだ言うべきことがたくさんあったと思います。むのさんを失ったのは残念ですが、最後にいっぱい撮らせてもらいました。スクリーンの中で、むのさんが甦って語りかけてくれるのは、むのさんが「記録をちゃんと撮っておいてほしい」と言ってたくさん撮らせてくれたことへの責任かなと思います。
編集部:一般公開された後も上映していってほしいです。公開されることで、私たちより上の年齢の人も、若い人にもたくさん観てほしい。笹本さんの、今のマスコミの捉え方は、おしゃれな生き方で名前を知られているけど、戦前、戦後と、女性の社会進出が難しい時代に大変な苦労をして撮っているのでそのことも知ってほしい。世の中が動いていくときに、表の部分だけでなくとらえていた彼女の写真が認められてほしいなと思います。
監督:笹本さんは自分は女であるということは生涯ずっとあると思いますね。
編集部:彼女は、写真から一時離れていた時もありましたが、それでもフラワーデザインや洋服のほうでも活躍なさっていたし、バイタリティある方ですよね。それで、去年の東京国際映画祭で登場したときに大腿部骨折をして車いすだったのでびっくりしました。
監督:100歳越えて花開くなんてほとんどないですからね。それにリハビリをされているのにびっくり。普通考えられないですよね。ほんとに前向き。取材していてミステリアスな女性。男性からすると女性って永遠の謎みたいなところがありますね。笹本さんを撮影していて、話している内容は理解できるんですよ。でも、どっかで心の奥底にある思いをあまり言葉にされていないような気がする。取材をいっぱい受けているし、本も書いているけど、もうひとつ腑に落ちない部分がある。笹本さんの生き方の根っこにあるものは何かなということを考えると、日本人の女であるということは、戦前の男尊女卑の女性にはほとんど権利がない時代から始まって、女性に対する思いがあると思います。60年安保の樺美智子さんの葬儀を含めてちゃんと撮っているし、三池の争議でも支えている女性たちの姿を撮っています。そのへんを見ても、笹本恒子という一人の日本人女性の1世紀を越える何か一角というのを感じました。男性との関係で苦労している女性にも焦点をあてて撮っている。
編集部:そういう部分は、今はほとんど出てこないですが、婦人民主新聞の記者をしていたとあるので、そういう部分はもちろん持っていたのだろうと思いますね。今は女性写真家もたくさんいるけど、あの時代には女性の写真家はいなかったわけだから。自分の中でそういう風に生きてきたのだと思います。明るいけど、芯がある方ですよね。
監督:そういう意味でもトップランナーですね。
『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ"』で河邑監督のことを知りました。地味だけど、大事なことをじっくりと伝える内容に、「この作品の監督は誰?」と思いました。そして、この河邑監督が、私の人生に大きな影響を受けた「シルクロード」も制作した方だと知りましたし、他の制作番組も「がん宣告」「チベット死者の書」など見たことがあるものが多かったので、いつか取材できたらいいなと思っていました。そうしたら、今回、私にとってとても興味がある笹本恒子さんとむのたけじさんを撮った作品ということを知り、去年の東京国際映画祭でこの作品が上映された時から宣伝の方にお願いしていました。監督はとても穏やかな方で、じっくりと撮影対象に向き合う姿勢に納得しました。(暁)
2017年全国順次公開中
各地の公開情報 http://www.warau101.com/theater/