2016年6月9日(木)
ポニーキャニオン本社にて
デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン監督の長編デビュー作『裸足の季節』は、2015年カンヌ国際映画祭監督週間に出品され、ヨーロッパ・シネマ・レーベル賞を受賞。その後、世界中の映画祭を席巻。トルコ出身の女性監督によるトルコ語作品でありながら、アカデミー賞フランス映画代表に選ばれ、外国語映画賞にノミネートされました。
世界を魅了した『裸足の季節』が、6月11日より日本で公開されるのを機に、監督と主演の姉妹たちを演じた若い女優さんたちが来日しました。 監督インタビューと、来日記者会見の模様をお届けします。
1978年6月4日、トルコ・アンカラ生まれ。フランス、トルコ、アメリカをまたぎ、非常に都会的に育った。熱心なシネフィルであり、ヨハネスブルグ大学で文学、同大学院修士でアフリカの歴史を専攻後、フランス国立映画学校(La FEMIS)の監督専攻で学んだ。(公式サイトより)
2015年/フランス・トルコ・ドイツ/97分
配給:ビターズ・エンド
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/hadashi/
★2016年6月11日、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA他全国順次ロードショー!
トルコのイスタンブルから1000km離れた黒海沿岸の小さな村。両親を亡くし、祖母と叔父と暮らす思春期を迎えた5人姉妹。海辺で男の子たちの肩に乗って騎馬戦遊びをしていたのを告げ口され、傷物になっては大変と、自由な外出を禁じられ、次々と結婚させられる。そんな中、末っ子の13歳のラーレは、自由を求めてはばたこうと着々と準備する・・・
監督に短い時間でしたが、お話を伺う機会をいただきました。
― 少女たちの瑞々しい姿が素敵な映画でした。自由を求めてはばたく末っ子の名前ラーレは、トルコの国の花チューリップのことですが、トルコという国が自由にはばたいてほしいという願いも感じました。
監督:まさしくそうです。ラーレは、トルコの現代的な部分を象徴しています。他の姉妹の名前は、家族など周りにいる人にちなんで付けたのですが、ラーレは特別な思いを持って付けました。 (姉妹の名前については、記者会見を参照ください)
― トルコは、保守的な層と現代的な層の二極化した社会ですね。本作で描かれたように宗教的に保守的な価値観を持っている人たちの間では、結婚まで純潔を守らなければいけないのは絶対的なことだと思いますが、西洋風の現代的な暮らしをしている人たちの間ではいかがですか?
監督:モダンな考え方の人たちの中にも、私より10歳位上の女性で、産婦人科で検査を受けさせられたという人の話を聞いたことがあります。映画の中で、次女セルマが初夜に出血してなかったことで病院に連れて行かれます。実際に、映画を作る上で、産婦人科の先生に聞いた話なのですが、結婚シーズンになると、毎週土曜日の夜に処女検査に連れてこられる女性が大勢いるそうです。地方ではなくて、首都アンカラの病院でのことです。
『裸足の季節』をフランスの刑務所の中で上映したことがあるのですが、その時に、東欧出身のロマの人や、アフリカの人たちも同じような処女膜の検査を経験していると言っていました。私にしてみれば、アフターサービスの包装紙がついているかどうかの問題なのですが。
― モダンな考えの人たちの間でも純潔を守るという意識は強いと感じていらっしゃるのでしょうか?
監督:「名誉の掟」として、宗教で結婚の枠外では性行を禁止されています。結婚まで処女であることは宗教というだけでなくトルコ全般に浸透していると思います。アメリカに留学して学んだ知人も、夜、カフェで男性と二人きりでしゃべるのは躊躇すると言います。自由な考え方の人でも、気にかけています。それでも、私のまわりは皆、トルコ人と結婚したいと言っています。私は残念ながらフランス男性と結婚しましたけど!
― 映画撮影中に妊娠され、今は子育てしながら、仕事をされていることと思います。ご主人はどのようにサポートしてくださっていますか?
監督: よく手伝ってくれて、いい夫です。(と、にっこり)
保守化が進んでいるトルコですが、それでもトルコに帰ると人が温かくて優しいことに感動すると監督。周りの人に気を遣い、集団を大事にする国民性で、ユーモアも忘れていないとのこと。まさしく、私がトルコを好きなのも、トルコの人たちの優しさをいつも感じているから!
このインタビューに先立つ記者会見はトルコ語で行われたのですが、インタビューはフランス語で行われました。(通訳:永友優子さん)
フランスでの暮らしのほうが長く、フランス人と結婚した監督にとって、今はフランス語で話す方ことの方が楽なご様子でした。それでも故国トルコのことを、とても大切に思っていらっしゃることを感じたインタビューでした。
トルコの女性監督については、下記のインタビューをご参照ください。
『遥かなるクルディスタン』イェスィム・ウスタオウル監督 インタビュー
http://www.cinemajournal.net/special/2002/kurd/index.html
『少女ヘジャル』ハンダン・イペクチ監督インタビュー第二弾 + トルコの映画事情
http://www.cinemajournal.net/special/2004/hejar2/index.html
また、2013年の東京国際映画祭で上映された『空っぽの家』もトルコの若き女性監督デニズ・アクチャイさんの作品。トルコ国内でも、女性監督は着実に育っています。
デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン監督と、5姉妹を演じたうち、ギュネシ・シェンソイ(末っ子ラーレ役、15歳)、ドア・ドゥウシル(四女ヌル役、16歳)、エリット・イシジャン(三女エジェ役、21歳)、イライダ・アクドアン(長女ソナイ役、17歳)の4人を迎えて記者会見が開かれました。
(次女セルマ役のトゥーバ・スングルオウルさんは、試験のため来日できず)
監督はフランス・パリから、姉妹役の4人はトルコ・イスタンブルから来日。 記者会見はトルコ語で行われ、通訳は、野中恵子さん。
MC:昨晩着かれたばかりですが、日本はいかがでしょうか?
監督:来られて嬉しく思っています。皆、初めての日本です。
エリット(三女役):来てみたかった国の一つです。映画のために来日できて嬉しいです。機会を作ってくださって、ほんとにほんとにありがとうございました。
ドア(四女役):私も来てみたい国の一つでした。日本の人たちに会えて嬉しいです。
イライダ(長女役):私も日本に来られて嬉しいです。声の具合が悪くてすみません。(と、ちょっとしゃがれた声で) 皆でいろいろなところに行きましたが、ついに日本に来ることができました。
ギュネシ(末っ子役):私も初めて日本に来ることができてとても嬉しいです。皆と一緒にいろんなところに行きましたが、日本はとても美しくて、ほかと異なるところだと感じています。
MC:監督にお伺いします。カンヌ映画祭やアカデミー賞など、世界をまわって、初監督にして、これだけ魅了する作品はなかなかありません。この経験はいかがでしたか?
監督:素晴らしいチャンスをいただきました。今後に向けて、大きな力をつけさせてもらうことができました。ほんとに嬉しく思っています。初作品を出すまでに、いろいろ門を探し、試行錯誤もして何年もかかりました。お陰さまで、第二作目の権利を獲得することができました。
MC:三女役のエリットさん以外、初めての映画出演ですが、皆さんどのような経緯で出演されることになったのですか?
エリット:以前、映画には2作品出演しています。監督は出演作を通じて私を知ってくださいました。女性が自由を求めて駆けていくという物語で、私も自分の中で適した役だと思って喜んで引き受けました。
ドア:芸能プロダクションに小さい頃から所属していて、プロダクションを通じてオーディションを受けました。やっとチャンスをいただきました。監督やほかの女優さんたちと仕事が出来たのは素晴らしい経験でした。
イライダ:小さい頃にテレビのドラマに出演したことがあり、芸能プロダクションに所属していました。今回、監督と一緒に仕事ができることになって、ほんとによかったです。
ギュネシ:プロダクションに所属していて、ついに映画に出演する夢が叶いました。映画に参加することができて、ほんとによかったです。もしこのチャンスがいただけなかったら、今後、俳優の道に進まなかったかもしれません。今後もメッセージ性の強い作品に出演したいです。
― トルコという国は、宗教的に保守的で伝統的な価値観を持って暮らしている人もいれば、西洋的な考え方をしている人もいるという二極化した社会だと思います。今回、伝統的な考えの祖母の元で暮らす姉妹を演じた皆さんは、どのような環境で育ったのでしょうか? また、完成した映画を観て、家族や周りの人たちの反応はいかがでしたか?
監督には、トルコでの上映後、特に保守的な人たちからどのように受け止められたかお聞かせください。
エリット:自由な家庭で育ちました。私が色々なことをするのに家族は干渉せず、俳優になることも支持こそすれ、反対しませんでした。映画に出演して、私にも姉妹がいて、いろいろ考えさせられました。
ドア: 非情に自由な家族の下で育ちました。残念ながらトルコには、映画でご覧になったような保守的な人たちもいます。家族は私がこのような役柄を演じることを受け入れてくれました。
イライダ:私も自由な家庭で育ちました。自分の決定を支持してくれます。責任は私にあると、このような役柄で映画出演することも認めてくれました。
ギュネシ:私もオープンな家庭に育ちました。将来の仕事として、自分が幸せを感じるものなら何でもokと言ってくれています。 このようなテーマはとても重要で、人に見せる必要がある映画だと、私を家族は後ろで支えてくれました。
監督:トルコは自由でモダンな生活をしている女性たちがいる一方で、保守的な生活をしている女性たちもいる。その2者の間の乖離は激しいものです。だからこそ、リアクションも様々でした。あたたかく受け止めた人もいれば、逆の方向で問いただす人もいました。よくない解釈をする人もいました。これほどの反響があったのは、トルコの社会の真実を表わしているからだと思います。だからこそ、いろいろな異なった反応が出てきたのだと思います。
― 映画の舞台がトラブゾン地方の黒海沿いの小さな村でしたが、そこを舞台に選らんだのは?
監督:神秘性を大事にしたいと思いました。メルヘンのように語ることのできるところで撮りたいと考えました。畏怖すべき自然のあるところに重点をおきました。そこで候補にあがったのが黒海地方です。森が多くて、自然の力があるところです。エーゲ海とは違って、まるで人を殺してしまいかねないような恐ろしさも感じさせられるところです。黒海は自然の条件に加え、地域的に保守的なところです。それも描こうとしている物語にぴったりでした。長い海岸のシーンも必要でした。場所を探すために、1000キロある黒海の海岸線をずっと探して、イネボルが建築的にも、風景も自分のイメージにぴったりだと決めました。非常に豊かな光景を与えてくれるところでした。
― 5人姉妹の名前は可愛い名前ですが、トルコでよくある名前なのでしょうか? どうしてその名前を付けたのかの理由をお聞かせください。また、演技指導はどうのようにしましたか?
監督:名前をどうしようと考えて、身近な知っている人の名前から好きな名前を借りました。たとえばアイスンおばさんからソナイ。セルマ、エジェ、ヌールも周りにいる人の名前で好きな名前です。ラーレは、ほかの映画にもあった名前で、それが反抗的に立ち向かっていく役柄でしたので、本作のイメージにもぴったりだと思って付けました。(注:ラーレは、トルコの国花チューリップの意。監督インタビューを参照ください)
演技指導は、5人それぞれ違うキャラクターなのですが、グループキャンプを2回行いました。演技指導を実際のシーンでもどうするかを試してみました。
また、パフォーマンスキャンプを行って、シナリオにない部分も入れて試しました。皆で話し合って、温かい感情を持ちあうことができました。演じるというよりも、ひとりひとりがその人間であるかのように見事に演じてくれました。
MC:この映画が日本と関係があるのをご存知でしょうか? 実は、音楽を担当したオーストラリア出身のアーティスト、ウォーレン・エリスさんは、日本の大女優の岸恵子さんのお婿さんです。娘さんの旦那様です。
監督:はい、知っていました。映画製作にあたって大変なサポートをしてくれました。日本はこんな国といったことも話をしてくれました。
MC:具体的には、どのようなサポートを?
監督:知り合った時、躊躇がありました。というのも、私自身はもう何日かで出産という時でしたし、彼はアルバムの制作をしていて時間がないのではと思っていたのですが、時間を作って作曲してくださいました。妊娠中でしたので、奥様の体験もいろいろと話してくれました。奥様の存在も大きなサポートでした。
MC:ウォーレンさんのインタビューでも、奥様が是非やるべきだと背中を押してくれたとありました。岸恵子さんもご覧になって、映画でこんなに感動することはないと感想を寄せられています。
― 世界中で女性監督が少ないことについて、どう思われますか?
パリを拠点に活動されているのは、女性監督としてトルコで活動するのが難しいからですか?
監督:アートの歴史において、男性の方が強い。女性は男性から見たオブジェのようにみられてきました。社会においても、そうでした。でも、少しずつ、小さな小さなステップを踏んで進んでいる状態で、何もしないで見ているということではないと思います。
フランスで映画監督になるべく勉強した時も、女性の学生は少なくて二人位だったのですが、映画を作り上げることで、障害を乗り越えることができたと思います。女性も乗り越える力を持っていることを証明できたと思います。力はあるのに、なかなか発揮できないということが、難しいところだと思います。保守的な人々が社会にはいますが、でも、そういう人たちも現場では敬意をもって対応してくれました。映画のファイナンス面や、脚本を書く段階でも、男女の間の垣根を少しずつ崩していくことができたと思います。
MC: 今回のアカデミー賞で、長編では唯一の女性監督でした。
MC: 最後に一言、今後やりたいことなども交えてお願いします。
エリット: 今、大学3年生です。ビジュアルアートを専攻していて、夢としてニューヨークに行ってマスターを取りたいと思っています。俳優や監督業もやってみたいと思っています。デニズさんと仕事して、関心も深まりましたし、やってみたいとますます思うようになりました。
ドア: この映画に出演できて、大きなチャンスになりました。今後の道が開けてくれればいいなと。演技に関する学校に行きたいと思っています。勇気をくれる経験でした。
イライダ: 俳優を続けていきたいと思います。この映画で進んでいけるという希望を持たせてもらうことができました。映画は社会に訴えることのできる、人間を語ることのできる理想的な媒体の一つだと思います。今後も社会に関する問題について関わっていきたいと思っています。
ギュネシ: 俳優を続けたいと思います。来年、ロサンジェルスに引っ越すことになっています。俳優になるべく演技について大学で勉強したいと思っています。心理学にも興味を持っています。人間について社会に語りかけられるような映画を目指したいです。
監督: 10月に2本目の映画を撮り始めます。シナリオは、『裸足の季節』の前にできたものです。と当時は製作にお金がかかるというので出来なかったけれど、今回の映画のお陰で出来ることになりました。
MC:次回作は、『kings』と言うタイトルですね。
監督:1992年にロサンジェルスで起こった事件をベースに描いたものです。若い娘たちが登場する暗いものですが、感情を込めた語り口にしようと思っています。悲劇的な話に、半分くらいコメディーの要素も入れて、軽い語り口にしたいと思っています。 2~3人、ティーンエイジャーの俳優さんを使いたいと思っています。(主演には、ハル・ベリーを起用予定)
補足したいのですが、トルコにおける女性の見方は、若い女性を性と同一視しています。彼女たちの行うことすべてを性的なことと結び付けます。それに対して、女性たちは身体を覆わないといけない。騎馬戦も無邪気な子どもの遊びのつもりだったのに。性と結びつけられてしまいます。女の子は身体だけじゃないことを訴えました。より身近なところから、このテーマについて考えたいと思いました。
新しい映画も、黒人の男性というと怖いというイメージがあるかと思いますが、ソフトに愛情をもって語りかけたいと思っています。
記者会見を終えて、フォトセッション。
机が片付けられるやいなや、監督を真ん中に皆で肩を抱き合う5人。皆、ほんとに愛くるしかったです。
少女たちを包み込むような監督の姿も微笑ましかったです。