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女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
(1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。

『追憶と、踊りながら』
ホン・カウ監督インタビュー

2015年4月21日(火) アンスティチュ・フランセにて


5月23日(土)よりの公開を前に来日したホン・カウ監督に、3誌合同でインタビューの時間をいただきました。


(c) LILTING PRODUCTION LIMITED / DOMINIC BUCHANAN PRODUCTIONS / FILM LONDON 2014
*ストーリー*

カンボジアの華僑だったジュン。29年前に夫と一人息子のカイと共にカンボジアを離れ、ロンドンに移住。夫を亡くし、女手ひとつで息子を育ててきたが、今はロンドンの介護ホームでひとり暮らし。英語があまり出来ないジュンにとって、時折訪ねてくる息子のカイだけが頼りだ。友達のリチャードと暮らしているカイに、ある日、「私をこんなホームに入れるなんて」と不満をぶつけると、「明日のディナーに来て」と何か言いたげなカイ。リチャードと愛し合っていることを母親に思い切って打ち明ける決心をしたのだ。でも、そのディナーが実現することはなかった。後日、リチャードが訪ねてきて、カイが交通事故で亡くなったことを伝える。カイを深く愛していたリチャードにとっても悲しい別れだったが、カイの友人を装ったままジュンを支えようと訪ねてきたのだ。リチャードは、ジュンに言い寄っている初老の男性アランのことを知って、言葉の通じない二人のために、中国女性ヴァンに通訳を頼み、二人の交際を取り持とうとする・・・

  公式サイト:http://www.moviola.jp/tsuioku
  シネジャ作品紹介: http://cinemajournal-review.seesaa.net/article/418699562.html
  ★5月23日(土)より、新宿武蔵野館、シネマ・ジャック&ベティほか全国順次ロードショー



*ホン・カウ監督 プロフィール*

1975年10月22日、カンボジアのプノンペンに生まれる。ヴェトナムで育ち、後にロンドンへ移住。1997年にUCA芸術大学を卒業。当初はファイン・アーツを目指すが、映画により惹かれるようになり、映画製作を学ぶ。その後、BBCとロイヤル・コート劇場の【50人の新進作家】プログラムに選ばれ、多くの企画に加わって脚本の経験を積む。独立系映画会社で働きながら、映画の製作を始め、2006年のベルリン国際映画祭で上映された『Summer』、2011年のサンダンス映画祭で上映された『Spring』、2本の短編で大きく注目される。2013年にはスクリーン・デイリー紙が選ぶ【明日のスター】に選ばれるなど次世代を担う才能と期待されている。本作が初の長編。(公式サイトより抜粋)



◎ホン・カウ監督インタビュー

S誌、E誌、C:シネマジャーナル

◆カンボジア生まれ、ヴェトナム育ち、英国在住の監督の背景

E: 通訳を介して話が進むのが面白かったです。まずは、監督の言語的ルーツをお聞かせください。

監督:母はカンボジア系中国人です。カンボジア生まれですが、母の両親は福建省出身の中国人で両親の使っていた広東語や中国語もできました。カンボジア語もできるし、その後ヴェトナムに移ったのでヴェトナム語もわかります。父は中国で生まれ、のちにカンボジアへ移民した華僑です。父母の会話は中国語の要素が多かったです。私自身は、子ども時代ヴェトナムで育ちましたので、ヴェトナム語もできたけれど、家では広東語と北京語でした。 俳優を選ぶ時、当初は広東語の出来る人で、必ずしも北京語ができなくてもいいと思っていたのですが、北京語を主軸にした方がより多くの人に観て貰えると思い、北京語を使うことにしました。ちなみにチェン・ペイペイさんは広東語と北京語の両方ができます。

C: 母親のジュンが故国を離れた事情は映画では語られていませんが、故国に戻れない寂しさを感じました。監督ご自身は、お母様から国を離れた事情を色々と聞いていらっしゃることと思います。 まず、お母様はお元気ですか?

監督: 母はとても元気です。ありがとうございます。 映画の中であえて母親のジュンが異国で暮らしている事情を説明しなかったのは、ちょっと触れただけでは済まないことなので、ストーリーに重点を置くためにあえて語りませんでした。私自身のことですが、母からどうして家族がカンボジアから出てヴェトナムに行き、さらに英国に移ったかという状況は聞いています。カンボジアでポルポト政権ができて、そのもとでは生きていけないのでヴェトナムに逃れたということは理解できたのですが、ヴェトナムでは友達もたくさんいたし、子どもなりに楽しく過ごしていたので、なぜイギリスに行かなけばいけないのか理解できない部分がありました。もちろん、新しい地に行くというのは一面エキサイティングなことです。反面、ヴェトナムを離れる寂しさがあって納得がいかない気持ちもあったのです。大人になるにつれ、両親は私たち子どもたちの将来を考えて、英国に行くためにすべてを諦めて決断してくれたのだとわかりました。


ホン・カウ監督 撮影:景山咲子

◆「夜来香」は、過去の記憶の中に生きる母を象徴

C: 冒頭に、「夜来香」が流れてきてとても嬉しかったです。監督のお母様世代にとって懐かしい歌として、起用されたのでしょうか?

監督:「夜来香」を含め、映画で流れた50年代のポピュラーソングは、母も聞いていたし、自分も子ども時代に聞いていました。なぜこの時代の曲を使ったのかというと、映画の最初に「夜来香」が流れてきて、観客が、あれ?これ時代劇なのかな?と思うような雰囲気を映像と音楽で出したいと思ったからです。ちょっと進んでいくと、それは過去で、物語は現代だとわかります。音楽と共にあるのは息子が生きていた頃の思い出。過去が入りまじり、記憶の中に生きる現在の彼女を表わせたと思います。


◆プロでない通訳が介在する面白さ

E: 通訳をするヴァンは、映画の設定ではプロの通訳ではないので、そんな通訳してはダメだよという言い過ぎのところもあれば、通訳不足のところもあります。絶妙に話が面倒くさくなったり、上手くいったりしています。通訳のあやは緻密に考えられたのでしょうか?

監督: プロでない通訳が介在することでドラマに複雑さが入って物語の展開を豊かにして、面白い要素を入れることができました。脚本を英語で書いて、すべて北京語に訳して貰いました。英語にある表現が、北京語で見つからない場合は自由に訳して貰いました。例えば、Lilting という原題ですが、日本語に置き換えるのにぴったりの言葉がなくて、『追憶と、踊りながら』というタイトルを付けていただいたのですが、エッセンスを取り込んだ日本語に蘇らせた良い題だと思います。
映画の中では、ヴァンが努力して通訳した結果が、中国語のわかる人には違うんじゃない?という面白さもあります。


(c) LILTING PRODUCTION LIMITED / DOMINIC BUCHANAN PRODUCTIONS / FILM LONDON 2014

E: 通訳は即興なのでしょうか?

監督: 脚本には、「つたないながらも、どう通訳するか」がちゃんと書き込まれていました。特に、ヴァンを演じたモーヴェン・クリスティさんは、初めて演技するのでアドリブは無理でした。映画の中では通訳していますが、すべて事前に書かれたものです。

C: 今の話を聞いての感想ですが、英語のわかる人にはリチャードの気持ち、中国語のできる人にはジュンの気持ちがよくわかったと思うのですが、両方のわかる人が、この映画を一番楽しめたのではないかと思いました。

監督: 自分自身、各地での上映での反応をみていて、バイリンガルの人は先に笑ったりするのを経験しました。リアクション的に新しいダイナミックさが生まれる面白さを感じました。


◆言葉が結ぶ心、言葉が通じなくても繋がる心 両面を描いた

S: 通訳を通しての展開は斬新で面白いと思ったのですが、「なかなか国に溶け込めないために苦労した」という言葉に、映画はフィクションですが、様々な移民の方が現地に溶け込めないながらも生活していかなければいけない事情を感じました。 どのような思いで、あの言葉を盛り込まれたのでしょうか?

監督: 言葉が通じないことで土地に馴染めないというメッセージも然りですが、実は、通訳を使って、共通の言語があるからこそコミュニケーションを取れることの表と裏を描きたいと思ったのです。いろいろな人々の関係からそれを描いています。例えばリチャードと母親は共通言語がないので、なかなか気持ちが通じません。通訳が入って思いをぶつけることでいさかいもありましたが、心を近づけることができました。一方、言葉が通じない時には仲良しだったアランとジュンは、通訳を通してお互いの考えていることを知ることで、逆にこんなことを思っていたのかと仲違いをしてしまいます。言葉がコミュニケーションツールとして、いさかいを生んだり摩擦を起こしたりするけれど、同時に繋ぐ役目もする。一方、実は言葉の通じないところで、心が繋がることも描いています。人間の関係の中で起こる色々なシチュエーションを見せています。


◆物語ありきの出演者の国籍背景

S: 出演者の国籍が、様々なルーツの方が出演されていました。監督が俳優を選んだ基準は?


チェン・ペイペイ
(c) LILTING PRODUCTION LIMITED / DOMINIC BUCHANAN PRODUCTIONS / FILM LONDON 2014

監督:物語ありきのキャスティングです。物語の軸になっているのは、東南アジア系の母親が事情があって異国に住んでいるけれど同化できないという状況です。イギリス内でもその年代の女性を演じることが出来る人を探したのですが、見つけることができなくて、香港まで探しに行って、最終的にチェン・ペイペイさんにたどり着きました。国籍というより、役に合う人を探したのです。ほかのキャスティングも共通して言えるのですが、役者さんの力に負うところが多いので、クオリティの高い役者さんじゃないと成立しません。特に、リチャード役とジュン役は特に力のある人が必要でした。


ベン・ウィショー
(c) LILTING PRODUCTION LIMITED / DOMINIC BUCHANAN PRODUCTIONS / FILM LONDON 2014

リチャードは繊細であるのと同時に強さもある人物。それを表現できる役者として、『パフューム ある人殺しの物語』(06)で観て以来、ベン・ウィショーさんは尊敬する役者で、彼のような人をと思いつつ、とてもお願いできないと思っていました。思い切って手紙を添えて脚本を送ったら、引き受けていただくことができました。ペイペイさんにも同じく、手紙を添えて脚本をお送りして引き受けていただくことができ、ほんとにラッキーでした。


◆過去が現在に染み込むように存在する感覚を出した

E: リチャードとカイのラブシーンがとても美しくて、最近観た映画の異性愛者同性愛者含めてのラブシーンの中でも一番だと思いました。ベン・ウィショーが最高にキュートでした。また、ちょっとずつずれて繋がっていない変わったカット割りをしているような気がしました。

監督: 美しいと思っていただいて嬉しいです。ちょっとずれた感じの編集にも気づいていただいてありがとうございます。これは、ポスプロの時に、編集担当者が音とちょっとずらしてみるとこんな感じだけどどう?と見せてくれたのです。私自身、過去が現在の中に染み込むように存在していて、完全に同期していないけれど、その場に見えなくてもそこにあるというようなことを描きたいと思っていました。映画の意図するところとうまく合ったと思って採用しました。

E: ゲイであることをカミングアウトした方がゲイで素晴らしい演技をすると、ゲイのイメージが強くなって、異性愛者の役をする時に妨げにならないかと心配になります。 役者だけでなく監督にも同様のフィルターがかかって見られることもあると思うのですが、性的嗜好が観客に与えるイメージや偏見に対して、どのようにご自身のスタイルを貫こうと思っておられますか?

監督:おっしゃる通り、自分自身が信じているものに向かっていっても、周りの目があるということは認知しています。俳優にとってはイメージが大事なので、一つのイメージがついてしまうことは勇気がいることだと思います。監督にとっては撮りたいものを撮っていくべきだと思っています。ベン・ウィショーがこの役を演じると決定したことは勇気のあることと思うと同時に、才能があって世の中に認められている俳優なので、何を演じようと揺らぐものがない自信が彼の中にあるのではないかと思います。イメージがあったとしても、転換させていく力もあると思います。


ホン・カウ監督 撮影:景山咲子

*******

最後に私の質問の順番が再度回ってきましたが、時間がもうあまりなかったので、感想のみに。
「私もジュンの歳に近いので、息子にも先立たれて人生の最後のステージを迎えたジュンに、毎日花を持ってきてくれる男性が現れたことに勇気貰いました。でも、一方で、色恋沙汰はもう面倒だという気持ちがあるのもよくわかります!」とお伝えしたら、監督も大笑い。
ジュンの最後の選択は、是非、劇場で確認を!
この映画は、様々な世代、様々な立場の人に、それぞれの思いで観て貰うことのできる普遍的なものでした。監督や、監督のご両親が経験された波乱の人生を、いつか映画にしてくださることを期待しています。

取材:景山咲子

(c) LILTING PRODUCTION LIMITED / DOMINIC BUCHANAN PRODUCTIONS / FILM LONDON 2014

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