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女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
(1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。

『徘徊~ママリン 87歳の夏』
田中幸夫監督インタビュー

プロフィール:1952年生まれ。阪神淡路大震災以後本格的にドキュメンタリーに着手した。NHKのドキュメンタリーのほか『未来世紀ニシナリ』『Pak-Poe 朴保 』『ITECHO凍蝶圖鑑』『カメの翼』など劇場公開。風楽創作事務所主宰

作品紹介 大阪北浜でギャラリーを経営している酒井章子さんは、奈良に住んでいた母アサヨさんを引き取った。お父さんが亡くなった後、認知症を患い一人暮らしができなくなったからだ。30数年ぶりの同居である。
アサヨさんは時間かまわず部屋から出て外を歩き回る。章子さんはこっそり後ろをついて行き、お母さんが迷って疲れたところを見計らって、偶然のように顔を出して帰宅を促す。ご近所の人々や警察署も見守る「ママリンとアッコちゃん」のかけがえのない夏の日。



お母さんのアサヨさんと章子さんの愛猫ジェフくん

―お母さんと章子さんお二人のキャラクターが良くて、大変な思いをされているはずなのに、観ると元気がもらえる映画でした。

 そう言っていただくと嬉しいですね。昨年5月にアッコちゃんのギャラリーで、前の作品関連イベントをしたのが始まりです。
そのときに「うちのお母さんが認知症で、こうこうなんよ~。映画に撮ってみたいなぁ、できるかしら」
「小さいビデオカメラでできるよ。でもそうすると2人の関係性を撮れないね」
「じゃあ田中さん撮ってよ」
「え~、僕が?」って言っているうちにお母さんがデイケアから帰ってきて、長椅子とテーブルのところで、あの会話が始まりました。
 見ていて、この構図で演劇風に2人を撮れるなと思いました。僕は構図にこだわりがあるんです。美しくないといけません。室内ではカメラにきちんと足をつけて、外の撮影では手持ちカメラが半分。出入りするたびに映るエレベーターには意味を持たせています。

―お母さんは自分が撮影されることについては、いかがでした?

 ときどきふっとこっちに気づくんですが、カメラがあってもなくてもいつもあんな感じですよ。
 最初の二人の会話でこれまでのこと、今の状況がよくわかるでしょう? これはお母さんの反応を見るためのテスト撮影だったので、照明も当ててないのです。思いがけずいいシーンになっていたので、そのまま使いました。
 介護に役立つような映画の作り方もありますが、アッコちゃんの立場から、その生き方を撮ろうと。認知症の映画というより、お母さんと向き合って覚悟を決めた娘と、お母さんの映画です。

―章子さんは1人で介護しているんですね。

 彼女のお父さんはとても厳格な人で、お母さんはそれに従うばかり。アッコちゃんはそんな構造を嫌って、大学に入ったのを機に18歳で家出してしまったんです。
 お母さんの病気で引き取ることになって、介護も楽しくやれば大丈夫だろうと思ったのに「やってみたら全然違って、自分の人生は終わりやと思った」と。最初の2年間の葛藤を経て6年経ったところ。疎遠だった母親との関係を修復しているわけです。愛憎含めての濃い繋がりの確認もね。おそらく。

―警察や近所の人も関わっていきますね。「北浜大好き!」と章子さんが叫んでいましたが、北浜はどういうところですか。

 会社のビルと住宅が混在していて、古くからの喫茶店もギャラリーもあります。人間関係がべちゃ~としていなくて、薄くてゆるい。相手が気を使うほど深入りしすぎない。そんな都会的なマナーがある暮らしやすい土地柄だと思います。

―お二人の関西弁もいいですよね。東京の言葉だときつくて深刻になりそうですが、関西弁は柔らかいです。コントみたいでした。

 関西の人間は喋りながら「落ち」を考えていますから(笑)。この話はどこで「落ち」にしようかと、無意識に考えている人種なんですよ(笑)。大阪で働いて長いけど、僕は神戸ですからちょっと違う。お洒落に決めたい(笑)。東京の人は神戸も大阪も一緒でしょ? 違うねん(笑)。

―お母さんが帰りたがっていたのは門司ですか?

 もともと門司出身なんですよ。大阪に出てきて看護婦さんになって、結婚して、後で奈良へ住んで、また大阪に引き取られて来たと。それで、帰りたいというのは、ほとんど門司のこと。ときどき看護婦をしていた診療所にも帰りたいと言っています。「ここはどこ?」から始まって「うちに帰りたい」まで、同じ話を何度もしますが、突然変わることもある。どういうきっかけでそうなるのかアッコちゃんも判らない。

―資料にお母さんが徘徊した距離をキロ数で書いてあるのにびっくりしました。

(4年間の記録 距離:1844km/時間1730時間/家出回数1388回)

 アッコさんは徘徊しているお母さんを後ろから見守ってついていきながら、どこからどこまで歩いたと記録しているんです。その数字があったら絶対面白いと思って、集計を出してもらいました。「データとって本にして、元とってやるんや!」って言っていましたけど、公開までに本を書くはずがまだできてない(笑)。
 ムダに撮ったというのがありません。わりあい早く撮り終えました。5月に出会って、7、8、9月と神戸から大阪に通って、10月に出来上がりました。関西での上映はもう済んでいます。少人数で観ると笑うのを憚られるようですが、多くなると笑いやすくなるようですね。もちろん泣かれる方もいるんですが、上映会ではずっと笑いっぱなしでした。

―今はどうしていらっしゃいますか。

 映画を撮り終えてからお母さんは、全く徘徊しなくなったそうです。代わりに幻視・幻覚ですね。家の中に10人くらいいるみたいで、ずーっと見えないその人たち相手に喋っている。アッコちゃんはめっちゃ楽になったそうです。

―2人に平和な時代が来たって感じですね。

 だからアッコちゃんは「私は認知症介護の〝勝ち組〟や」と言う。一番症状が激しいときに、どうしようもないからと施設に入れたらそれきりになります。そのときに誰かの支えがあって乗り切ることができたら、後はフェイドアウトできる。そこはアッコちゃんの言いたいことのひとつやと思いますね。母親との関係を総括できて、最後を看取ることの満足感はあるでしょうね。

―映画を撮る前と、できてから思うこと

 撮る前には考えすぎないで、できるだけフランクに入っていくようにしています。期待が大きいとそれに見合うシーンが撮れなかったときに、気持ちの建て直しがすごくしんどいんです。劇映画の場合はそれができるまで撮ることができますが、ドキュメンタリーはそうじゃないですから。
 NHKはきちんと構成を書かないと通りませんから、そこでは書いたけれど僕はそういう撮り方は嫌いなんです。もう流れるままに撮って、それを編集していかにいいものにしていくかっていうのが面白いんです。テーマに沿ってこれだけは撮らないかんというのはありますが、後は予断と偏見なく挑んで、予想した以上のものに出会えたらラッキー!
 作った後はこんな映画観てくれてありがたいな、とそれだけです。成瀬巳喜男の作品が好きです。死ぬまでに心中ものを撮りたいなと思っています。でも次は、高齢者ファッションショーを描く『神様たちの街』(来春公開予定)なんですけど(笑)。



章子さんが見せているのはお父さんの位牌。「え、死んだの?」と驚くアサヨさん

★ 2015年9月26日(土)新宿K’s cinema、横浜ジャック&べテイ他 全国順次公開 


=インタビューを終えて=

初めてお目にかかりました。『徘徊~ママリン87歳の夏』以外の作品を観たことがなく、どんな方かしらとちょっと緊張しながら約束の場所へ。長身、長髪、耳に優しい美声でお洒落な監督でした。お話が進むにしたがって関西弁が混じり(神戸出身)、「落ち」が用意されていて宣伝さんも巻き込んだ(笑)の絶えないインタビューになりました(大分まとめてしまっています)。
人間の介護は未体験だけれど、体位交換までして看取った愛猫の看病体験や、猫と仏壇にこだわることなど書ききれていません。この春公開されたセクシャルマイノリティーを描いた『ITECHO凍蝶圖鑑』、アリゾナまで亀を追いかける『カメの翼』など、守備範囲の広い田中監督。次は何が飛び出すのか興味しんしんです。(白石映子)


アサヨさんと章子さんの会話がおかしくて、思わず笑ってしまいましたが、ほんとうは、ここまで来るのには時間がかかったのだろうと思います。何度も同じことを言われても、とんちをきかせて話を合わせることはとても難しいです。私は、母が認知症にかかって何度も同じことを言った時、「何度も同じことを言う」と、ついつい怒ってしまったことが幾度もあったので、とてもこんな風にはいかないなと思いました。 それにしても徘徊の記録をきちっとつけているのには驚きました。徘徊に付き合っているときは他にやることもないので記録していたとのこと。それでも徘徊回数くらいはわかるけど、時間や距離まで記録として出しているのはすごい。もっとも、この記録を出すまでに時間がかかったとは言っていましたが、こういうことは根気がないとできないと思う。
実はこの作品を観た時、部屋がきちっと片付いていて違和感がありました。というのは、介護者を抱えている家というのは、我が家も含めてこんなにきれいではないと思うのです。当事者ならではの思いです。でも、監督の美学を聞いて、今後はこういう第三者から見た認知症の映画があってもいいと思いました。(宮崎暁美)

(取材:白石映子・宮崎暁美 監督写真:宮崎暁美)

作品紹介ブログはこちら
>> http://cinemajournal-review.seesaa.net/article/426412365.html

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