名優ダスティン・ホフマンが70代にして初めて監督したことで話題の『カルテット!人生のオペラハウス』。引退した音楽家たちが寄り添って暮らす老人ホームで、資金難のホーム存続をかけてコンサートを開こうと奮闘する物語。
作品紹介 → http://www.cinemajournal.net/review/2013/index.html#quartet
公式サイト → http://quartet.gaga.ne.jp/
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4月19日からの日本での一般公開を前に、ダスティン・ホフマンが21年ぶりに公式来日しました。記者会見の案内をいただき、あのダスティン・ホフマンを拝める!と、いそいそと参加してきました。ゲストに樹木希林さんを迎えての記者会見は、お二人のユーモアに溢れたトークで、笑いに満ちた暖かいものでした。素敵に老いるヒントが満載だった記者会見の模様をお伝えしたいと思います。
2013年4月9日(火) ザ・リッツ・カールトン(グランドボールルーム)
登壇者: ダスティン・ホフマン監督(75歳) ゲスト:樹木希林さん(70歳)
通訳:鈴木小百合さん 司会:伊藤さとりさん
司会:昨日行われたジャパンプレミアで21年ぶりに日本のファンの前に姿を見せてくれたダスティン・ホフマン監督が涙を流したというニュースをお聞きになったかと思います。舞台だった「カルテット!」を、映画化したいという企画を持ち込まれて、是非にと引き受けたダスティン・ホフマンさん。実際の演奏家の方たちに出演していただきたいと声をかけたところ、年を取って、もう何年も仕事がないという方もいると知ったことを思い出して涙されたそうです。昨日はお客様とぜひ一緒に映画を観たいと希望され、観終わった時には、観客の皆さんがスタンディングオベーションしてくださって、大変喜ばれました。それでは、ダスティン・ホフマン監督にご登場いただきましょう! 正式には、21年ぶりの来日となります。
ダスティン・ホフマン監督(以下、監督): ドウモアリガトウ。Thank you everybody。
映画を観た方、楽しんでいただけましたでしょうか? 映画をご覧になっていない方、退出してください。(笑)
司会:それでは、代表質問させていただきます。今になって、なぜ映画監督を? また、引き受けたのは、それだけ惹きつけられるテーマだったからだと思うのですが・・・
監督:実は長年、監督業をしたいと思っていました。脚本を準備したりしたのですが、タイミングが合わなかったり、資金調達がうまくいかなかったりして、飛び込み台の先まで行きながら勇気がなくて飛び込めなかったのです。今回はとても脚本が気に入りました。もう妻とは36年間一緒にいるのですが、その妻に、「あなた、今やらなきゃいつやるの? 75歳じゃない」と言われました。で、決めました。非常に素晴らしい脚本でした。老齢のミュージシャンやアーティストたち、ピークを過ぎた人たちの物語で私自身がとても共感できるものでした。妻に「これを監督しなきゃ別れるわ」とまで言われました。「でも、この映画を作ってヒットしなきゃ、僕から別れるぞ」と言い返しました。
ここで、ダスティン・ホフマン監督が、記者会見の模様を写真に収めようと立ち上がります。「手を振ったりしてくださいますか~」と、通訳の方。
(ブルーのスマートフォンで嬉しそうに撮影する姿をサイトやニュースでご覧になった方もいると思います。私はその姿を撮りそこねました。)
― 映画界の伝説的存在のダスティン・ホフマンさんが監督で、出ている人も伝説のスターの方たち。でも、敷居が高くない。誰もが楽しめるように何か工夫されたことはございますでしょうか?
監督:とてもいい質問で気に入りました。なぜなら、この映画はまさに人生を描いています。年を取るということについて、20代や30代の人は自分に関係ないこと、年を取るということを考えずに生きていると思います。ある日、目覚めて年を取ったと感じるまで気づかないと思います。自分の親や祖父母は自分とは違うものだと思っていると思います。この映画が非常に普遍的なのは、足が不自由になったり、あちこち痛くなったり、目が見えにくくなったりといった年老いた人の話だからです。そういう人たちは皆、英雄的だと感じます。マギー・スミスも常に痛みを抱えていました。目が悪くてショットが終わると照明を消していました。また、実際腰が悪くて杖を使っていました。観客が、自分もいつかはこうなると思っていただけばと。私はスペシャルオリンピックが大好きです。足がなかったりしても、人生、どんな状態でも生きることができることを証明していると思います。
― 70代で初めて監督をされ、ほんとに驚きました。多くの人がリタイアしてしまう年代で新しいことを始めるというのは、皆が諦めてしまうことなので勇気を貰えることだと思います。70代で初体験するというのは、どんな思いでしたか? 今後、さらにまた何か新しいことをしたいと思っていることはありますか?
監督:まず1つ目ですが、私だけじゃないと思います。今、老齢の人たちの革命の最初の段階にいると思います。私は今、75歳半です。2日位前に、90代の女性がスカイダイビングに挑戦したのを、60代の子どもたちが観ていたというニュースを聞きました。ポルトガルには、103歳で現役の映画監督もいます。
2つ目の質問ですが、今回、脚本が気に入って引き受けました。主演4人のほかにたくさん出てくる人物も、実際に引退した音楽家の方たちに出演していただいて、ドキュメンタリータッチにしたいと思いました。実際、引退していたオペラシンガーの人たち、ヴァイオリンやチェロを弾く方などに声をかけました。ジャズトランペット奏者のロニー・ヒューズさんのことを私はよく引き合いに出すのですが、彼は昔と同じように吹くことができるのですが、もう30年間一度も仕事がなかったと、電話した時にほんとに喜んでくださいました。ほかの皆さんも同様に20年30年仕事がなかったという方が多かったです。70代、80代、90代の皆さんが朝6時から喜んで撮影現場にきてくださって、寒い中、低予算の映画の一日12時間から14時間の撮影時間を付き合ってくださって、感謝と喜びと情熱を見せてくださいました。今までに体験したことのない素晴らしいものでした。彼らに命を吹き込むことができましたし、この映画がどうなろうと、彼らが若返りする光景を見られただけでも充分価値のある体験でした。映画でご覧になった演奏や歌は現場で実際に行っていたものです。出演してくれた皆さんの人生を見せたいと思いまして、映画の最後に若い頃の写真と今の本人を並べて出しました。あなたの周りに、もうあなたは年寄りだから仕事をしなくていいと言われた人が何人いますか? 引退した老人たちでも、引退はしたくないし、人生終わりにしたくない。ずっと仕事をしてきて、ある年になると、もうこれはできないよと言われたりする現実がありますが、言われる筋合いはない。それは自分が決めることですと言いたいです。
― 音楽についてお伺いします。音楽そのものをふんだんに使われていて誰しもが耳にした音楽が使われていますが、その中でも一番好きな曲は? また、これまでの出演作の中で今でも気に入っているテーマ曲などありましたら教えてください。
監督:これはビッグ・クエスチョンですね! 使った音楽は全部好きです。すべて、この映画の為に選びました。この映画は印象的なもので、現実をそのまま映し出すのではなくて、美しく描きました。お年寄りの方がいっぱい出てきますが、顔に刻まれている皺も美しいということも言いたい。音楽もそれを表現していると思います。美しくつくろうと心がけたのは、彼らの内面を表したいと思ったからです。外見は年を取っていても内はほんとうに美しいということを言いたかったのです。
これまでいろんな作品に出演してきて、ほんとにラッキーだったと思います。『卒業』(’67)のサイモン&ガーファンクルの音楽や、『真夜中のカーボーイ』(’69)の音楽もよかったです。『クレイマー、クレイマー』(’79)のヴィヴァルディの曲はクラシックを使ったケースですが、あれも素晴らしかったです。実は元々ジャズピアニストになりたかったけれど、才能がなくて第二希望の俳優になりました。
『カルテット! 人生のオペラハウス』は、コメディーでもあり、ラブストーリーでもあります。二人の人間が恋に落ち結婚したけれど、片方の不倫が原因で別れ、40年間会ってなかったのが老人ホームで同じ屋根の下で暮らすことになり、対面することになります。男性の方は女性をずっと愛していて再婚もしませんでした。女性の方は、ほんとうは彼を愛していたのに再婚を繰り返していました。40年経ってしまったけれど、時間は止まっていて、まるで昨日起きたことのようにトラウマ的に心の中に残っています。40年は無駄に過ぎてしまったのでしょうか? いえ、二人の心の中には、ずっと愛する気持ちがあったのです。私自身経験があるのですが、恨みや憎しみを持つことは成長を止めてしまうことなので、やめた方がいい。今、ここにいる皆さん全員、悩みのない人はいないと思います。自分や愛する人が病気を抱えているとか、離婚や恋人との別れなどを経験していると思います。プライベートにいろいろとあるものです。でも、こうやってここにいる皆が、社会の中で一生懸命ベストを尽くして生きています。そういう素晴らしい精神がまさにこの映画で描いたことだと思います。
質疑応答タイムは、3人の質問にたっぷりと答えてくださって、あっという間に終わり、ゲストとして樹木希林さんが登壇しました。
司会:樹木さん、ダスティン・ホフマンさんにお会いしていかがでしたか?
樹木:『卒業』を観て大ファンになった方に40年の時を経てお会いできるとは思いもよりませんでした。お会いした時にプレゼントに奥様の会社で作っている匂い付の数珠のようなものをいただきました。(と、腕にはめたブレスレットを見せてくださる。)私、年取って物を整理したいので物をいただきたくないと思っていたのですが、申し訳ないからいただきました。(会場 笑) 私は何も持ってこなかったと申し上げましたら、青年のような返事をなさいました。「あとで金をくれ」。(会場 笑)
私が役者を始めたころに、マイク・ニコルズさん(『卒業』監督)が「演劇の究極は、掛け合い漫才だ」ということをおっしゃったのを聞いていまして、私はそれをとても肝に銘じておりました。その後、マイク・ニコルズさんの『卒業』が完成して、その主演をやったこの方(ダスティン・ホフマン)に、こんなに経ってから、まさか直にお目にかかれるとは思いませんでしたので、今日はカメラを持ってまいりました。うちの子どもたちがロンドンで生活していますが、ロンドンでも映画がとても評判がよくて、孫がぜひ写真を撮って送ってくれといいまして、今日は楽しみにやってまいりました。
監督:『卒業』に出た時には、僕は無名で俳優ともいえないような状態で、キャスティングされる前の日までウェイターをしていまして(と、トレイを掲げているポーズ)、それが突然マイク・ニコルズ監督に抜擢されて映画に出ました。その頃、私のお気に入りの監督の一人が、俳優の卵としては基本ともいえる黒澤明監督だったのですが、撮影中のある日、ニコルズ監督が是非会わせたい人がいると連れてきてくださったのが三船敏郎さんでした。もう、のけぞりました。そのことを今思い出しておりました。
樹木:それは、それは・・・(会場 笑)
司会:ダスティン・ホフマン監督、横にいらっしゃる樹木希林さんもたくさんの映画に出られている女優さんで、たくさんの女優賞を取られていて、最近も日本アカデミー賞で主演女優賞を受賞されました。
樹木:桁が違いますから。レベルが違いますから。(と、謙遜する樹木さん)
司会:お会いになっていかがでしたか?
樹木:75歳になられたんだなぁという驚きのほうが・・・ 自分も70になりましたからしょうがないですが・・・ この映画の絵画的な美しさと、役者たちの技術もさることながら、「年を重ねる能力」「魅力的に生きる能力」を集めて監督が指揮者になったという、とにかくチャーミングで、年を取るのは素敵だなぁと感じました。日本では年を取ることはあまり素敵なことになってないので、とても良い機会をいただきました。
司会:お会いになっていかがでしたか?
監督:ここでそろそろ皆さんにほんとのことを明かす時がきたと思うのですが、40年前、私たち二人はデートしましたよね。その頃のあなたはとてもホットでしたよ。(と微笑んで語りながら、樹木さんのそばに近寄り、肩を抱き、さらに頬にキスするダスティン・ホフマン!)
樹木:あの~実はすみません。私には40年間別居している夫がいます。非常に困りました。(会場大笑い。ダスティン・ホフマンも、通訳の方から耳打ちされて膝を叩いて大笑い) いまだに愛情を持ち続けてくれているので、焼もちを焼くので殺されないようにしなくては・・・(会場 笑)
司会:でも、頬にキスされて幸せですね。
樹木:え~ そんなこと考えてる暇もありませんでした。
司会:お二人、この後の人生、どんな風にどんな方と過ごしたいという考えはありますか?
監督:この年になると、毎日毎日、眼が覚めて生きていることに感謝します。人生を祝福できると思います。小さな子どものころ、2歳くらいの頃は葉っぱを観ただけでも、じぃっと観察してその素晴らしさに気付いているし、空を見上げても空の動きに素晴らしさを感じています。それが自然なことだったと思います。でも、文化や社会が我々にそういうことは子どもっぽいと教え、大人になるとやめてしまいます。それがこの年になると、また昔に立ち戻って子どものころのように葉っぱや空の美しさに気づいて、生きていること自体の素晴らしさを感じます。今この時この瞬間を大事にして生きていきたいと思います、昨日のことや明日のことを考えずに、今こそが一番だと生きていきたいと。今ここにいる若い女性は今を生きていらっしゃると思うので、輝いていらっしゃいますね。
(樹木さんのことですと、通訳の方が補足)
樹木:あ、私ね。(会場 笑)
司会:樹木さんはいかがですか?
樹木:若い私はですね(会場 笑)、役者としてはちょっとしたけれん、あるいは破綻をとても好みます。ですけれど、実生活においては、もう70になって、それはちょっとおさめたいなと。子どもたちにも孫たちにも、そして夫からも心から愛情をいただけるような私になりたいなというのがこれからの人生の目的です。さんざんヤンチャしてまいりましたので、大勢の前で嘘になるかもしれないけれど、言います。
まるで掛け合い漫才のようなユーモアに満ちた二人のトークが終り、こもかぶりの酒樽が運び込まれました。お二人は木槌を手に取り、ヒットを祈願して鏡開きが行われました。またまた樹木さんの肩を優しく抱くダスティン・ホフマンさんでした。
『卒業』公開当時、サイモン&ガーファンクルの音楽にはすっかり魅了されましたが、実はダスティン・ホフマンの印象は傲慢な感じで、あまり好きになれませんでした。それが、『パピヨン』でまったく違った姿に驚かされ、これはすごい役者だと注目するようになりました。ちなみに、ダスティン・ホフマンの若い頃に似たイラン人の友人いわく、イランでは『卒業』ではなく、『パピヨン』でダスティン・ホフマンは有名になったのだそうです。
私にとって、若い頃のダスティン・ホフマンは、名優だと感心したものの、決して好みの男性ではありませんでした。今回、初めて間近で拝んだダスティン・ホフマンは、素敵に年を重ねて、ほんとに魅力的でした。年を取っても、思う存分好きなことをして、できれば恋もして、いつまでも輝いていたものだと思わせてくれた記者会見でした。映画『カルテット!人生のオペラハウス』も、いつまでも現役でいたいという元気を貰える映画です。そして、年老いた人たちへの眼差しも優しい映画です。ぜひご覧ください。(咲)
『フック』('91)以来21年ぶりの来日と聞いて、もう私の人生でチャンスはないだろうと出かけてきました。中ほどの席でしたので、写真は撮れませんでしたが、優しい笑顔を眺め、映画愛にあふれたお話を聞きました。ゲストの樹木希林さんとのかけあいが楽しく(ホットな関係というのは監督のジョーク)、このお二人が本当に共演する機会があるといいですね。本作は監督がこの年代になったからこそ、映画のキャラクターや俳優の気持ちをより深く理解して完成したのではと感じました。
彼の出演作の中では、壮絶なアクションの『わらの犬』('71)、女装に驚いた『トッツィー』('82)、自閉症を世に広く知らしめた『レインマン』('88)での演技が特に印象に残っています。どんな役もできる方ですね。新作を観たら、以前の作品を観直したくなりました。 (白)