2011年8月21日(日)12時半~
於 なかのZERO 小ホール
主催:史実を守る映画祭実行委員会
『ココシリ』(2004年)の陸川監督が南京事件を描いた作品を作ったということは知っていたが、どんな作りなのかは全然知らなかった。そして、南京事件を描いた作品は日本で公開されることはないだろうから、観ることはできないだろうとあきらめていた。忘れかけていたら、1日だけの上映会が行われ、陸川監督も来日してトークショーがあると友人から聞き、これは行っておかなければと、8月21日、なかのZERO小ホールで行われた上映会に行ってきた。
2回の上映があり、約900名の方が映画を観たという。60歳以上と思われる方が多かったが、20代、30代の若者も結構観に来ていて、少し安心した。やはり、若者にこそ観てもらいたい作品だから。
陸川監督は『ココシリ』の後、南京事件の資料集めから始め、4年の歳月をかけてこの作品を製作した。また、日本側の資料を調べたり、日本人俳優を起用するため、数度日本を訪れたという。リアリティを出すため、日本兵の役は日本人にやってもらいたかったと現地のインタビューで語っている。
本作品は、南京虐殺事件を中国兵と日本兵、双方の視点から描いた作品で、主人公の日本兵角川(中泉英雄)が繰り返される蛮行、残虐な行為にいたたまれなくなり、捕虜の親子を逃がした後に自殺するシーンがあり、中国公開時には日本寄りと賛否両論の議論が巻き起こり、監督への脅迫もあったという。しかし話題になったことで大ヒットした。
中国を侵略した日本軍による南京軍民に対する残虐な行為や、中国側の抵抗を描いた作品だが、主人公の日本兵の苦悩がストーリーのひとつの柱として展開していくところに、今まで中国で描かれてきた反日戦争ものとは違い、日本人としてちょっと救いを感じる。
1937年12月、当時中国の首都だった南京を日本軍が攻略した際に起こった南京での出来事を描いている。多くの国民党軍の兵士が壊走してゆく中、投降を拒否して南京に留まった兵士もたくさんいて、南京のあちこちで抵抗が繰り広げられた。その中に国民党軍の兵士陸剣熊(劉燁/リュウ・イエ)もいた。しかし抵抗は失敗に終わり、南京は陥落した。
南京安全区国際委員会委員長のジョン・ラーベはドイツ人だが、南京陥落後も南京に留まった。ナチス党員という立場から日本軍との交渉役になり、安全区の人たちの保護に努めた。
日本兵たちの略奪行為や蛮行が続く中、日本軍兵士角川は、そのような犯罪行為に悩み、苦悶する。角川の人物像は、多くの日本兵の日記を読んで作り上げたという。また、劉燁が演じる国民党軍兵士の助手のような形で出てくる少年兵小豆子は、資料調べをしているとき偶然みつけた少年兵の写真がヒントになったという。たくさんの水筒とコップを背負った少年の写真で、日本軍の捕虜になった最年少の少年兵だったという。 また、臨場感を出すため、あえてモノクロで撮られている。
上映後、陸川監督のトークショーがあった。下記にレポートを。
司会:熊谷伸一郎氏(「世界」編集部、史実を守る映画祭実行委員)
熊谷:次の作品の撮影の山場を迎えて大変お忙しいところ、本日の上映会の為に2日間休んでおいでくださいました。監督は今、40歳です。大変お若い監督が重いテーマを選ばれたのはなぜですか?
監督:すでに若くないと思っています。30代ならいいなと。私は大学の4年間南京にいて、南京大虐殺記念館に数度行き、このことをテーマにいつか映画を作れればいいなと思っていました。
熊谷:監督のご家族、お祖父さまなど日中戦争にまつわる経験をされているのでしょうか?
監督:私の父方の祖母は上海の人で、上海で戦時の訓練中にお祖父さんと出会って結婚しました。他の家族は直接日中戦争には関係していません。私自身、軍隊に行ったことがあります。
熊谷:自ら希望して軍隊にいらしたのですか?
監督:入った大学が軍隊の大学でしたが(人民解放軍国際情勢部で英語を学ぶ)、自ら行きたかったわけではありません。軍の大学はすごく厳しいのです。でも、今、考えれば、そこに行った経験があったからこそ、この作品を作ることができたと思います。
熊谷:映画を作る前の日本軍のイメージは?
監督:私が受けた教育の知識の中では、日本軍は人間ではない、残虐というイメージでした。女性が裸で運ばれる写真なども見せられました。
熊谷:映画を作ることによって日本軍に対する見方は変わりましたか?
監督:映画を作るときに、友人が個人で運営している抗日博物館に通い、日本兵が撮った4万点の写真や日記や手紙を全部読んで、日本兵も人間だと思いました。戦争がなければ普通の家庭の人たちなのに、戦争で人が変わってしまうと感じました。
いろんな資料を読んで、中国人と日本人の問題ではなく、人間と戦争の問題として捉えようと思いました。あれから70年経って映画を作って、日中だけでなく、アメリカでもフランスでも、世界の各地で人間と戦争を考えて貰えればと思います。
熊谷:日本兵をリアルに描いている中で、犯罪行為に悩む姿があって、そこに監督の思いが篭っていると思いました。中国で観た人たちの反応はいかがでしたか?
監督:この映画は自分としては、日本兵の手紙と日記に沿って描いた事実なのですが、中国で上映した時の反応はすごかったです。当時の論議は激しくて、反対意見もすごく多かったです。中国の被害者は多いし、遺族はまだ生きている。恨みが激しくて受け入れられないと非難されました。
熊谷:監督はそれに対してどうのように言われたのですか?
監督:当時、皆の前に出て行って論議したかったけれど、反抗が激しくて出て行けませんでした。脅迫メールなどもたくさんきました。2年後の今、皆、静かになったし、評価も良くなりました。この事件を正しく伝えることになったかもしれません。上映当時、真っ二つに意見が分かれて、支持する人も多かったのです。
熊谷:中国の若い人の対日感情をどのように見ていますか?
監督:若い人の日本に対する思いは矛盾しています。アニメや日本製の商品は好きな一方、南京のことなどあるから恨みも強い。
熊谷:国民党を描くのも中国では挑戦的なことだと思うのですが、意識して作られたのですか?(日本軍に抵抗する国民党軍の兵士が出てくる)
監督:監督としては、作品を作るからには自分のしたいことをする。回避するつもりはありません。本を書くのと同じで、いいものを作りたい気持ちが一番です。
熊谷:映画が作られて、中国で2009年に封切りされた時の状況を教えてください。
監督:2009年4月に封切られて、10日間で1億元の売上。20日間で1.7億元(約20億円)に達しましたが、論争がひどくなってストップがかけられました。(最終興収は25億円という)
熊谷:日本では2年経って、まだ商業的に興行されていません。監督としては、日本でも公開したいのですよね?
監督:映画が誕生したら旅に出したい。終点は日本。今日はそのスタートとして、これからもっとたくさんの人に観ていただきたいと思っています。(会場から大きな拍手)
熊谷:今回は自主上映。できるだけ多くの日本人に観てもらって、いろんな捉え方をしてほしい。南京事件を描いているので、日本に持ってくるべき映画。もっと多くの人に観られるようになってほしいと思っています。 1937年当時の日本人像を映画の中で描かれていますが、当時と今でどのような変化を感じますか?
監督:私は1937年にはいなかったので(笑)、現在の日本人についての印象を話したいと思います。今、日本人の友達はたくさんいますが、心の中で3つの段階を感じています。まず、一つ。普段付き合うと優しいし礼儀正しいし、規律も守る。これは表に出てくる面です。二つ目。奥に入ると心の中に誇りを持っていると思います。三つ目。もっと奥に入ると、孤独や絶望を感じます。表面的な強さではなく弱さも感じられます。 それに、一緒にお酒を呑むとすぐ酔ってしまいます(笑)。
熊谷:私も酔いましたね。監督は強いんです。
それでは、監督が会場から是非質問を受けたいとのことですので、監督からご指名を!
●(男性)日本人の中には、県知事や国会議員、そして元総理大臣など、政治家の中にも南京虐殺は捏造だという人がいます。これらの考えを聞いてどのように思いますか?
1、無視する
2、映画を観てと一言う
3、日本のことだと、あえて何も言わない
監督:事実でないという人には、是非映画を観てほしいと思います。映画に使っているシーンは、当時の写真や、日本兵の日記、日本兵に聞いて作ったもので、全部証拠があります。それらを元に作ったものです。
ドイツとユダヤ人の関係では、戦時中のユダヤ人の虐殺を認め謝罪しています。罪を犯したら認めて謝る。それが上に立つ人の姿だと思います。
(毅然とした態度で語ると、会場から拍手が起こった)
● (女性)勝利を祝う式典で、日本兵が太鼓を敲いて踊っていて、夏祭りのような感じで描かれていましたが、このシーンの意図を教えてください。
監督:太鼓を敲いている人たちは東京から呼びました。日本の文化を映画で表現したかった。国家として、民族の文化を使って戦争へ向う人を団結させていることを表現したかったのです。ナチスもドイツ人をデモさせる時に歌などで団結させました。儀式は人間の精神的コントロールの役目を果たします。中国の歴史の中でもありました。そういう状況の中で人間は思考力があるかどうか、それを観客に考えてもらいたいと思いました。
● (男性)日本兵角川が上官の蛮行を非難するような態度を見せたが、東京裁判で、総司令官だった松井石根が、師団長らを集めて南京での兵士たちによる暴行行為を管理できなかったことに対し「泣いて怒った」との証言があったことを知った上で、角川というキャラクターを作ったのか?
(この方の真意は伝わらなかったが、監督は下記のように話した)
監督:東京裁判の資料も全部読みましたが、この作品では将校クラスの人物は描きませんでした。それには理由があります。権力を持つものは自分のやりたいことや考えを表現する場がありますが、現場で人を殺した兵士や殺された人たちは、自分で口に出して言うチャンスがない。事実として、戦争の被害を受けているのは沈黙している大勢の人たちです。(会場から大きな拍手)
● (若い人からの質問を受けたいとの監督の要望で、若い女性より) 面白かったです。俳優が全員ステキでした。日本の俳優もオーディションで選んだのですか? 印象は?
監督:すべて東京で、2日半かけて90数人に会いました。当時、有名な俳優を使いたいとも思いましたが、プロダクションの反対にあい実現しませんでした。でも、出演した俳優たちはほんとに素晴らしいです。
中国で今とても有名になった俳優もいます。日本人娼婦役を演じた宮本裕子さんです。日本でもスターになってほしいです。
(戦争の矛盾点を一身に背負った日本兵伊田役を演じた木幡竜さんは、その後、ドニー・イェン主演の『レジェンド・オブ・フィスト 怒りの鉄拳』(9月17日日本公開)に準主役級に抜てきされている)
*トークショー後、成田空港に直行し、帰国の途につかれるため、時間通りにトークショーは終了した。
(記録:景山 まとめ・写真:宮崎)
陸川監督らしいグローバルな視点、そして軍隊上層部や権力者、政治家ではなく、あくまで日中双方の戦争に翻弄された人々を描いたヒューマンな作品に仕上がっていた。また、こういう内容が中国で審査に通ったのは、『ココシリ』で国際的な評価を得た監督だからこそではないかと思う。
日本兵は日本人に演じてもらいたかったということで、キャスティングに何度か来日し、主要キャスト7,8名、エキストラをいれると50人近い日本人が参加しているという。助監督にも横山伸治さんという北京電影学院を卒業した日本人が参加している。
陸川監督は、「南京大虐殺から70数年が経った今こそ中国が受けた苦難をしっかりと心に刻まなければならない。しかし、南京大虐殺を正しく見つめる日本の人々がいることも認識しなければならない。侵略者と日本の一般市民とを区別し、この区別を見失ってはならない」と語る。
また、多様性のある寛容な時代に生きていてよかった。『南京!南京!』の撮影が始まったのは2006年だが、もし10年早かったら、南京大虐殺と日本人兵士を正面から描いたこのような脚本が認可されることはなかっただろう。担当幹部による面会や質問を経て、最後には体制内からの多くの援助を得ることができたという。「意義があると思うことをしようと考えて、それをどこまでも貫いていれば、最後には助けの手がやってくるものだ」と語っている。(人民網日本語版より)。
それは、元北京映画製作所の所長で、現在、中国電影集団会長である韓三平(ハン・サンピン)氏がプロデューサーを務めていることからも伺える。
日本人としては、この映画で描かれている日本兵士たちの行動は嘘であって欲しいと思うけど、多くの証言、残された多くの写真が語るように事実としか思えない。南京大虐殺は中国側の捏造とか、でっち上げという人たちがいるけど、虐殺がなかったとしたら、こんなにも膨大な資料がなぜ残っているのかと問いたい。それが全部嘘だというのか。そんなでっち上げは不可能である。
日本ばかりがなぜ悪者にされるというけど、他の国だって、自国の戦争、かつての植民地主義の反省にたった行動、映画製作はいくつもある。ベトナム戦争などは映画の中で数多く描かれてきた。現在公開中の『おじいさんと草原の小学校』だって、かつてのケニアの宗王国イギリスが作った作品だ。
重要なのは、あった、なかったという論争や、20万だ30万だという虐殺者の数ではなく、傷ついた人たちへの心のケア。亡くなった人たちの無念さに思いを馳せることである。この事件を経験した人たちで生き残っている人は、かなりの高齢になっている。その人たちに対して追い討ちをかけるようなことをしてはならない。そして、最も重要なのは、過去にあった事実を忘れず、教訓を学び取り、二度と同じことを繰り返してはならないということである。
この映画、ぜひ、一般公開してほしいと思う。
ラーベの秘書を演じた人が誰だったか、なんだか見覚えがあるんだけどと思い気になっていたが、なんと范偉(ファン・ウェイ)さんだった。
『胡同愛歌』『天下無賊』などに出演しているが、元々は中国で人気のコメディアンである。日本でいうと伊東四郎さんのような存在なのかな。
『南京!南京!』の撮影期間中、陸川監督は3回盲腸炎にかかって入院したという。
参考までに南京事件を描いた作品、作中に南京事件が出てくる作品を上げてみました。ほんとは中国映画の中で描かれているのをいくつも観たことがあるのですが、探しきれませんでした。
『戦争と人間 第三部 完結編』(1973年 日本)
『ラストエンペラー』(1987年 イタリア・イギリス・中国)
『南京1937』(1995年 中国・台湾・香港・日本)
『黒い太陽・南京』(2005年 香港)
『チルドレン・オブ・ホァンシー 遥かなる希望の道』(2008年 オーストラリア・中国・ドイツ)
『南京の真実』(2008年 日本)
『南京!南京!』(2009年 中国)
『ジョン・ラーベ』(2009年 ドイツ・フランス・中国)
ドキュメンタリー
『南京』(2007年 米国)
『南京 引き裂かれた記憶』(2007年 日本)