2010年 4月18日(日) 赤坂BLITZ
台湾の歌姫、アーメイ(阿妹)こと張恵妹(チャン・ホェイメイ)の来日ライブに行ってきました。
張惠妹は台湾東部台東の、原住民、プユマ/卑南族出身の歌手。
1996年、原住民の音楽を取り入れた「姉妹」でデビューし大ヒット。続くセカンドアルバ「BADBOY」も大ヒット。抜群の歌唱力と、パワフルでリズム感溢れる歌い方で人気者に。しかも、パワフルなだけでなく、バラードでは情感溢れる歌い方で人を感動させる表現力を持ち、あっと言う間に中華圏の歌姫になりました。
アーメイがデビューした頃、中国、香港、台湾の音楽にのめり込んでいた私は、よく香港や台湾の音楽番組を見ていたので、アーメイの躍進振りを目の当たりに見ました。今でも、彼女が歌う姿が目に焼きついています。
そして、いつか彼女のライブを見たいと思っていましたが、音楽劇 「トゥーランドット」で来日した時も、2008年の日本での初ライブの時も見逃してしまって、残念に思っていました。
もう、日本でのライブはないかなと思っていたら、この4月に再度来日してくれました。
今回のライブのタイトル「阿密特」は、アーメイのプユマ族の名前アミト。アーメイの分身としての阿密特。アーメイは新たな挑戦として、2009年、アルバム「阿密特/張惠妹 意識專輯」を発表しました。これまでの音楽にとらわれないコンセプトということで、少しハードロック調の歌から始まっています。
このアルバムの曲を携えて、阿密特としての日本ライブを行いました。
「歌うために生きる、音楽のために生まれる」と称されたライブは、まさに歌い手として、彼女の天性のの資質と存在感を感じさせるものでした。「AMIT」という、かなりハードロックな曲から始まったライブ。生の歌の迫力、言葉はわからなくても歌が心に響いてきました。。
パンチのきいた歌では、カメラを抱えて一緒にノリノリで聴いていました。
「Open Your Eyes」など、バラード曲は、しっとりと聴かせます。
今回、ギターやドラムなどバックバンドには日本人(keyboards/加藤伸也、guitar/大村孝佳、base/堀川真理夫、drums/平山牧伸 )および、日本で活躍しているマーティン・フリードマン氏が起用され、すてきなコラボレーションが実現しました。コーラスは台湾の方たち。アーメイに負けず劣らず、迫力ある歌い手でした。
MCはほとんど北京語でしたが、「イケメン」とか、時々、日本語が飛び出ました。
そして日本の曲を3曲歌ってくれたことも、個人的にはとても感動でした。「涙そうそう」「壊れかけのラジオ」「天城越え ロックバージョン」の3曲でしたが、特に「天城越え ロックバージョン」は鳥肌ものでした。また、「壊れかけのラジオ」は、アーメイ自身が何度も何度も聴いた大好きな曲だそう。
3時間近いライブでしたが、衣装は着替えず、最初から最後まで背中に角のようなものがあるユニークなデザインの黒い革ジャンに、豹柄のひらひらしたもの(スカートというのかな? ピーターパンのような感じ)、靴は豹柄のハイヒールという出で立ち。アンコールではTシャツっぽい軽装に着替えて出てきて、最後はみんなで手をつないでカーテンコールになりました。
日本語はもとより、北京語、広東語、上海語などが飛び交い、アジア各地から集合したファンによるオールスタンディングのライブは、熱気に包まれ終了しました。
初期の頃の曲は結構聞いていたのですが、最近の曲は聞いていなかったので、予習しようと慌ててライブ1週間くらい前に、彼女のCDやDVDを探し回りましたが、タワーレコードやHMVなどは中華圏のアーティストコーナーが縮小になっていて、彼女のものはほとんどありませんでした。それではと思い、中国人がやっているお店にと、新宿、大久保、池袋と巡りました。続けてライブが予定されていた羅志祥(ショウ・ルオ)のものも含めて探し回りましたが、あんなにいっぱいあったお店そのものがなくなっていました。頼みの綱の「知音」がなくなっていたのはショックですらありました。
思えば私自身も、10年くらい前にはしょっちゅう、そういう店に入り浸っていたのに、この数年行っていなかった。時代の趨勢を感じました。それにしても、その後、崔健も15年ぶりに来日ライブを行ったので、この2ヶ月久しぶりに中国語圏の歌に浸ることができました。
張恵妹は映画には出演していないようですが、これまでもシネジャでは、台湾原住民出身の歌手のライブを紹介してきましたので、彼女のライブを紹介しました。