女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。

『胡同愛歌』 原題:看車人的七月

消え行く胡同に息づく人々の人情

安戦軍(アン・ザンジュン)監督インタビュー

2007年4月2日(月)6時半〜7時  於 東中野

安戦軍(アン・ザンジュン)監督
安戦軍(アン・ザンジュン)監督
今年は中国映画が続々公開されています。これから夏までの間にも『ニーハオ鄧小平』『モンゴリアン・ピンポン』『イノセントワールドー天下無賊ー』『女帝[エンペラー]』『雲南の少女 ルオマの初恋』『長江哀歌』など、6,7本の公開が予定されています。そんな中で、4月28日から公開される『胡同愛歌』の安戦軍監督にインタビューすることができました。
*物語

2008年の北京オリンピックに向けて開発が進む北京。昔ながらの風情や人情が漂う路地・胡同(フートン)も、次々取り壊わされていく。そんな胡同に愛をこめて、そこに住む父と子の物語が展開する。

リストラされ、駐車場の案内係として息子のために必死で働いている父(杜/トゥ=ファン・ウェイ)と、不器用で父親とうまくコミュニケーションが取れない高校生の息子(小宇/シャオ・ユィ=チャン・ウェイシュン)、お互いを思いやりながらも、やることが裏目裏目に出て、思いが伝わらないままぶつかり合ってしまう二人。

それでも、お父さんに再婚相手(小宋/シャオ・ソン=チェン・シャオイー)ができ、息子は、彼女が経営する花屋の配達手伝いもしている。結婚写真も撮り、隣人たちの協力のもと、家財道具も運び込み、一緒に暮し始められると思ったのに、暴力的な彼女の前夫劉三(リュウサン)が刑務所から出所してきて、離婚するのはやめたと嫌がらせを始めた。父親思いの息子は彼に立ち向かう。しかし、相手のほうが上手で、逆にけがをしてしまった。

ある日劉三は、杜の仕事場の駐車場に来て、駐車している車に傷をつけた。そのおかげで、やっと得た仕事もやめさせられてしまった杜は、とうとう切れてしまい、劉三を襲う。そして、刑務所へ入る羽目に。

胡同愛歌

范偉(ファン・ウェイ)さん
(2006年・中国映画祭にて[撮影:宮崎])

息子とようやく理解し合えるようになった時には、別れて暮さなくてはならなくなってしまった父子の姿を、人情に溢れる胡同の人々とのかかわりの中で描く。
でも、とてもユーモアに包まれた作品に仕上がっている。それもそのはず、お父さんを演じたのは、中国の有名なコメディアンである范偉(ファン・ウェイ)さん。去年開催された中国映画祭で上映された、『私に栄誉を!』では、表彰状をもらいたいがために、周りを巻き込んでゆく中年男を演じていた。その姿形からかもし出される雰囲気は、自然と笑いを誘います。そして、哀愁すら感じられます。

そんな、庶民感覚溢れる作品を作り上げた安戦軍監督は、名前の勇ましさとはまったく正反対で、まるで、この作品の主人公のような柔和な感じの方でした。
挨拶をし、『孔雀 —我が家の風景—』が表紙のシネマジャーナル69号をお渡しすると、感想を聞かれ、「中国映画をどうぞよろしく」と言われました。「中国映画はよく観られるのですか」とか、「シネマジャーナルでは中国映画をよく紹介しているのですか?」と、質問され、質問者が逆転したような雰囲気から、インタビューがスタートしました。


— 夏までに中国映画が5〜6本公開されるので、シネマジャーナル本誌70号で「公開が続く中国映画」として紹介予定です。今回のインタビューは本誌への掲載が間に合わず、本誌では作品紹介のみ、監督のインタビューはHPでの紹介になります。どうぞよろしくお願いします。

中国での原題は『看車人的七月』(駐車場管理人の7月というような意味?)ですが、日本版のタイトルは『胡同愛歌』、この作品のタイトルにふさわしく、じんわり心に響く、よい作品でした。胡同に暮らす人々の人間関係、人情をバックに、不器用な父と息子の思いのすれ違い、そして理解していく姿を写し出していましたが、この作品を作ろうと思ったきっかけは?

監督: 脚本家が比較的若いのですが、家賃が安かったという理由で胡同に部屋を借りて住んでいて、周りに住むいろいろな人から話を聞いて脚本に仕上げました。私自身も20歳になる位まで胡同に住んでいて、事情がわかっていたということもあります。中国は物質的に豊かになってきましたが、一方で、胡同にあったような人情味溢れる人間関係が薄れてきてしまいました。社会が豊かになっていっても、そんな生活を忘れてはならないと思い、この題材を選びました。
少なくなってきた胡同と、そこに暮らす人への思いを込めて作った作品です。 今、胡同がどんどん壊される一方で、胡同を保存し守ろうという動きもあります。

安戦軍(アン・ザンジュン)監督

— 中国の映画には、『北京ヴァイオリン』など、父と息子の物語が結構多いように感じますが、離婚してお父さんが子供を引き取ることは中国では多いのでしょうか? 

監督:そういうわけではないです。やはり、生活が豊かな方が育てることが多いですね。あとは、どちらが育てたいかの気持ちで決まります。この物語の背景としては、お父さんが文革時代、東北の方に下放されていて、現地の女性と結婚。お父さんが北京に戻ってくるときに、生活の充実している北京に息子を連れてくるのは、自然な流れでした。文革当時と時代が変わって、お父さんだけが戻るケースが今はあるようですが・・・・

— 父と息子はお互いのことを思っているのに、不器用でうまく伝えられないことがよく表されていました。范偉さんは、このお父さん役にぴったりだったと思いますが、彼をこの役に起用したのは、どのような経緯ですか?

監督:キャストを選ぶ時には、いかに合っている人かを基準に選びます。彼は、コメディアンではあるけれど、映画で演じるのは、また別の物で大変でした。彼自身俳優として能力のある人で、いろんな役をできる人。普通のコメディアンだったら無理だったと思います。

— この作品の主人公は、リストラされて、やっと駐車場の案内係の仕事につき、再婚相手もできてというような、ささやかな幸せをつかみかけたのに、それがうまくいかなくなっていく。息子との関係もなかなか難しい、というような男の人を描いていて、暗くなってしまうような内容を、ユーモアに溢れた明るい作品に仕上げていると思います。
コメディアンとしての范偉さんを見て、これは演技のほうでもいけると思ったのですか?

監督:一番はじめ、彼のイメージ、かもしだす雰囲気などが、この役にぴったりだと思いました。二つ目に、彼に演技の才能があると思いました。

— 『イノセントワールドー天下無賊』を最近観たのですが、これに、ほんのちょっとですが、強盗の役(笑)で出ていたので、范偉さん、これにも出ている!っと、思わず笑ってしまいました。『私に栄誉を!』と、『胡同愛歌』を観ていなければ、見逃すくらいの一瞬の出演でしたが…。
映画俳優としても活躍されているのですね。

監督:主役はこの『胡同愛歌』が初めてです。次が『私に栄誉を!』。とてもいい演技をしていると思います。『天下無賊』は、どちらかというと友情出演ですね。役者として引き出しの多い人で、笑ったり泣いたり黙ったり、いろんな役が出来る人。『天下無賊』は、この作品の前に撮っていたのです。こっちに先に出ていたら、あれには出ていないと思います。主役をやったので、もうあのような端役はやらないでしょう。

— 私は1988年ころ『芙蓉鎮』を観て、姜文(チアン・ウェン)が好きになって、中国映画にはまっていったのですが、その後、2年くらいの間に200本くらいの中国映画を観ました。それ以来、この20年近くの間に、かなりの中国映画を観てきました。それで感じるのは、この范偉さん始め、中国では姜文、葛優(グォ・ヨウ)など、どちらかというとハンサム系ではない俳優さんが活躍していると感じますが、そういう土壌があるのでしょうか? 女優さんは綺麗な人が多いなと思うので、よけいそう感じるのです。笑

監督:ワハハハハ・・・  そういう人は日本ではどうですか?

— 最近中国映画を観るようになった人は、劉[火華](リィウ・イエ)や陳坤(チュン・コン)などが好きな人もいます。

監督:今は二枚目も増えていますね。矛盾していますが・・・。演技派といわれている人たちは、非常に努力をして、演技の中に文化的なものに根付いた深いものができるのと思います。
今時の若い人たちは、アイドルスターとして商品化されて、地に足のついていないような気がします。中国でも、商品化、パッケージ化、まさに中国語で包装というのですが、包装して綺麗にみせて売り出すけれど、開けてみたら、中身は今ひとつということがあります。メディアに出て、どれだけ有名になるかが先に立っているような風潮があります。スターはブームに終わってしまって、ずっと続くものではないと思っています。今どきのスターは、代表作がどれと言われても、なかなか出ないような状況です。

— 今年になって、范偉さんが出ている作品を続けて観たので、ずいぶん活躍しているのだなと思い、ちょっと、そういうことも聞いてみたいなと思いました。(笑)
 この作品では、愛嬌と共に、ダメ親父の役がぴったりでしたが、本人の地の部分もあるのでしょうけれど、かなり演技をしているのではないかと思います。いかがでしょう。

監督:彼自身、もう一般人ではなくて、芸能人です。今回は駐車場に行って、駐車場で働く人の実際の暮らしを観察して演じていますので、非常に努力家です。駐車場で何日も見ていたのですよ。仕事を朝から見に行って、休憩時間もどんな風にお茶を飲んで、どう過ごしているかも観察していました。

— 息子さん役は学校に探しに行ったのですか? テレビにも出ている子のようですが…

監督:オーディションで選びました。テレビにもちょっと出ていて、いいなと思っていたらオーディションにきてくれました。ちょっといたずらっ子で、この役にぴったりでした。

— 息子の成績が悪いと学校に呼び出されていましたが、こういうことは結構あるのですか?

監督:あります。あります。よくあります。親が呼び出されて、先生と一緒にどうやってこの子に勉強させるかと話し合います。

— 不良というのでなく、成績が悪いということですね?

監督:いたずらっ子ということもありますね。気持ちは純粋ないい子なのですが。

— 先生がお母さん代わりのように可愛がっていましたね。

監督:彼自身も先生に思い入れがあります。

— 胡同に暮らす人々の人情ドラマであると同時に、ユーモアに溢れた部分もありました。 刑務所で小宋に面会した時に、彼女に「劉三には5回嫌がらせを受けたから、5回分仕返ししようと思ったら、3回でのびちゃった」というシーンや、劉三を襲いに行くとき、まだ怪我人が出ていないのに、電話をかけ、救急車を呼ぶシーンで、「怪我人は一人か二人・・」というところ、もしかしたら自分がやられてしまうかもしれないと思って、前もって救急車を呼んだんだと思うのですが、思わず笑ってしまいました。こういうセリフは、どのように思いついたのでしょう?

監督:細かいところまで観ていただいてありがとうございます。5回分仕返し・・というのは、范偉のアイディアでしたが、ほかの部分は脚本にありました。花屋での事件は、一人倒れていますという設定だったのですが、殴るシーンを撮り始めて、倒れるのは、一人じゃなくて二人かもということで、杜が電話した先の救急隊員から「何人?」と聞かれて、初め「一人」と言いながら、「もしかしたら二人」と言ったら面白いのではないかと思いました。

— 最後のシーンで息子が自転車に花を乗せて走っていますが、花屋は廃業したと思っていたのですが、再開したのでしょうか?

監督:最後はイメージで、観たお客さんの想像に任せるようにしました。花屋で始まって、花屋で終わる。生活がまた始まる。生活は素晴らしい、これからも希望があることを伝えたかったのです。複雑なストーリーが進んできて、最後にはすっきりした気分で帰ってもらいたい。映画は閉じられたものでなく、開かれたもの。抑圧されたものが続いたので、最後には希望を感じてほしいと、そのシーンをいれました。

— そういうことだったんですね。それにふさわしく、明るい気持ちで帰れる映画でした。 本日はどうもありがとうございました。

安戦軍(アン・ザンジュン)監督

本作は、4月28日より ポレポレ東中野にて公開されます

公式HPはこちらです
http://www.focus-pictures.com/hutonaika.html

同じく『ニーハオ鄧小平』も、ポレポレ東中野にて4月28日からモーニング、レイトショー公開
公式HPは  http://www.focus-pictures.com/nihao.html

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(記録、写真 景山 咲子  まとめ 宮崎 暁美)
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