1月20日の2人の主演女優、クァク・チミンとハン・ヨルムの来日記者会見に引き続き、キム・ギドク監督の来日記者会見が開かれました。
キム・ギドク監督はここ10年の間、次々と作品を発表していますが、そのどれもがセンセーショナルな内容で、強烈な個性を放っています。そしてこの『サマリア』では第54回ベルリン国際映画祭(2004年)において銀熊賞(監督賞)を受賞し、さらに『3-Iron(空き屋)』では第61回ヴェネチア国際映画祭(2004年)で監督賞を受賞しています。世界中で今、最も充実した創作活動をし、最も注目されている監督です。さて、そんな監督がどんなお話を聞かせてくれるでしょう、、、
まずは、このように歓迎していただいて、誠にありがとうございます。本来ならば記者の皆さん、一人一人とお話しできればいいのですが、私は撮影中に来日している関係もあり、そのような時間が持てなくて申し訳ありません。このように見渡しますと、私が以前お会いした事がある方々のお顔も拝見する事ができて、大変嬉しく思っています。沢山の質問を受ける事は出来ないかと思いますが、誠心誠意お答えしたいと思っております。
司会: この映画『サマリア』はベルリン映画祭監督賞を受賞しました。おめでとうございます!(拍手)この賞を受賞して、周囲の変化はありましたか?
監督:もちろん賞を取った事によって環境が変わるという事は十分ありうるのですが、私自身が変わらないように努力していますので、大きく変わったという事はありません。
司会: この作品を撮ろうと思ったきっかけについて。
監督:韓国では最近、10代の少女たちが成人男性と交際する事件が起きていて、それを一人の加害者、そして被害者の立場でのみ見ている傾向があります。私はこういった事をあくまで人と人の関係、そしてこういう出来事をどれだけ皆が理解できるかということを、皆さんに訴えたいと思いました。一人の友達と友達の関係、そして娘たちの行動を観る親の立場から描けないかと思って、この映画を作る事にしました。
司会: 先日、来日していたクァク・チミンさんとハン・ヨルムさんは監督の事を、「案外子供っぽくって可愛い」と言っていましたが、彼女たちとの思い出は?
監督:彼女たちは2人とも韓国ではまだあまり名前を知られていない新人ではありましたが、とても頭も良く、魅力的な女優たちです。ですから、彼女たちと一緒に映画を作れて私としてもとても幸せでした。また新作として『弓』という映画を撮影しましたが、この映画は日本からも投資を受けていますが、この主人公はハン・ヨルムさんが演じています。『サマリア』でとても良い女優だと思ったからこそ、また一緒に撮影できたと思っています。
Q: 世界三大映画祭のうち、既にベルリン、ヴェネチアを制したわけですが、次回作『夢』でカンヌでの受賞を目指していますか?
監督:私はベルリン、ヴェネチアで監督賞をいただきましたが、自分でそのことを予測できたわけではありません。未だに何だか他人事のようで、本当にもらったかどうかもよく分からないような状態です。それは私はあくまでも映画を作る人間であって、賞を取る人間ではないからです。もちろん周りの方々の中には、また映画祭で賞を獲る事を望んで下さる方もいるようですが、その反面、獲らないように願っている人もいるかと思います。私は私自身と私が作った映画が進む道は違うと考えています。私はあくまでも私が感じた事、考えた事をもとに映画を作る人間なのです。
Q: 2人の主演女優は、監督とはプライベートな話をしているうちに、役についての理解が深まったと言っていたが、具体的にどんな話をして彼女たちの魅力を引き出そうとしたのですか?
監督:私は今まで『弓』まで含めると12本の作品を撮ってきました。それら全てにおいてそうなのですが、俳優たちに「こういう演技をしてくれ」という要求をするわけではないのです。まずシナリオを渡して、読んでもらいます。そのシナリオについてあれこれ言う事も特にしません。ただシナリオに登場してくる人物たちが、シナリオに出てくるまでにどう生きてきたのか、そしてシナリオの終わりから後にどう生きて行くであろうか、という事についてよく話し合うようにしています。
またもう一つ、俳優たちに演技を始めるにあたって必ず言う事があります。それは、俳優としてこの人物の人生を真似るのではなく、その登場人物そのものとして生きて欲しいということです。往々にして俳優たちはその役柄を想像して、その人物を真似ようとしますが、そうではなく、俳優自身もこの瞬間も歳を取ってどんどん変わっていくのですから、この時点からこの登場人物として生きて欲しいと言っています。時には撮影が終わってからも、その登場人物としての生き方から抜け出せずに、辛い思いをしている俳優もいるかとは思うのですが、私はそれがとても大切だと思っています。
最近まで私は映画を作るにあたって、監督が一番大変だと思っていました。しかしつい最近、一番大変なのはやはり俳優なんだと気が付きました。というのは、皆さんもご存じでしょうが最近韓国で俳優としての人生を悩みに悩んだ末、残念な結果になった事件がありました(注)。その事件を通じて、俳優という職業は非常につらいのだと私も強く感じました。もちろん監督も映画製作に於いて大変な事は様々あるのですが、俳優たちは絶えず役柄になりきるため大変な思いをしているのだと感じています。以前の私の作品『悪い男』に出演した俳優の中で、「ねえ監督、私はこの映画に本当に自分の魂を注ぎ込みました」と言った俳優がいました。私はその言葉を聞いてとても胸を痛めました。俳優たちは映画の中で与えられた人生を生き、魂に傷を沢山受けているのだと感じています。
(注)韓国の女優イ・ウンジュさんが2月22日に自ら命を絶つ事件があった。
Q:作品の中でエリック・サティの「ジムノペディ」が使われていたが、以前『受取人不明』でもこの曲が使われていました。この曲に特別な思いがありますか?
監督:まずは著作権料が発生しないという理由があります(笑)。『受取人不明』でもこの音楽を使いました。この音楽は韓国の人たちの感情を揺さぶる音楽だと感じましたし、『サマリア』の中では最後の場面と父親が娘を起こすシーンでも、二つの意味を感じさせる事が出来るのではないかという事で使いました。
私はこれまでも、韓国でよく知られている曲を使うよりも、外国の曲で、それもあまり知られていないような音楽で気に入ったものがあれば、著作権を買って使う事をよくしています。『悪い男』や『3-Iron(空き屋)』でもそうです。ただ「ジムノペディ」は比較的有名な曲で、皆さんには分かりやすく聞いていただけたのではないかと思います。
Q: 作風が以前のものは「痛み」が前面に出ていたが、ここ数年は「痛み」が常に存在しつつも「癒し」の色が濃くなっているが、何か監督の世界観や愛に対する考え、そしてそれらを表現する映画に対する考えに何か変化があったのですか?
監督:私の初期に作った映画『鰐』に始まり『ワイルド・アニマル』『悪い女 青い門』『魚と寝る女』『リアル・フィクション』『受取人不明』『悪い男』『コースト・ガード』までの7本の映画を作っているときの私というのは、「憤怒」が爆発し、加虐と被虐そして自虐といった内容が反復されていた映画だと自分でも思っています。しかしそれ以降の『春夏秋冬そして春』『サマリア』『3-Iron(空き家)』と作るに連れて、私の作風が変わってきたと自分でも感じています。それは私の社会に対する見方が変わってきたと言えます。世界をもう少し理解し、また和解をし、世の中を今までよりももう少し美しく見ようとする視覚が自分に芽生えてきたと思います。『春夏秋冬そして春』以降は、過激な表現もあまりしていませんし、どちらかというと、もっと魂と対話をしようと考えてきたと思います。私自身も変わったのでしょう。今日も空港に到着したときに、私を知っている韓国の人が、「監督、なんだか表情が明るくなりましたね」と声をかけてくれました。その時、私は「『春夏秋冬そして春』を撮って以降、少し私も変わったようです」と答えました。まだ『コースト・ガード』を作っていた頃は、私は世の中に対してとても怒りを感じていて、攻撃的でもあり、また自分自身にコンプレックスも持っていましたが、『春夏秋冬そして春』以降は世の中をもう少し楽に見られるようになったと思っています。しかしこの先どうなっていくかは、私自身も分かりません。
私の映画は大きく3つに分ける事が出来ます。まず一つ目はクローズアップ映画、二つ目はフルショット映画、そして三つ目がロングショット映画と言う事が出来ます。一つ目のクローズアップ映画としては『悪い男』『魚と寝る女』そして『鰐』です。この3つは非常に人間をクローズアップした映画だと言えます。これは本当に人の近くによって、細かいところまで、そして強い怒りまでを表現した映画です。あまりに近づくと、人間の良いところも悪いところも細かく見えてきますが、そういった事を念頭に置いて作ったのが、これら3つのクローズアップ映画です。二つ目のフルショット映画としては、『受取人不明』『コースト・ガード』『ワイルド・アニマル』そしてこの『サマリア』です。フルショット映画は人間の全体を観た映画。それは社会の中で人間がどの様に矛盾を抱いているかという点に焦点を当てた映画です。そして三つ目のロングショット映画には『春夏秋冬そして春』が挙げられます。これは人間も自然の風景の中の一部であると捉えて作った映画です。『悪い男』を観て私という男が悪い男なのかもしれない、などと思うようでは、私が映画で描こうとしている点から離れてしまうかもしれませんが、この3つのイメージがそれぞれあり、それぞれ違ったものの見方をしているのだという事をふまえて観ていただけると、私の映画をより正確に理解していただけると思いますし、その魅力も味わっていただけると思います。
大変穏やかに、そして的確な受け答えをするキム・ギドク監督。もの凄く真面目な人間性を感じました。会見の中でもあるように、『春夏秋冬そして春』から監督の作風は明らかに変化していて、それ以前の作品の持つ痛々しさが苦手な人にも受け入れられる幅が出てきていると思います。私は今回始めてご本人を拝見しましたが、会見場からの帰りのエレベータで他の記者の方々が、「前よりも明るくなったし、伝えたい事がきちんと言葉に出来るようになったね」と話しているのが聞こえました。そういった本人の変化が作品に大きく反映されているのだなと思った次第です。今後も活躍が期待されますが、まずは『サマリア』を是非ご覧下さい。
作品紹介はこちら
★3月26日より恵比寿ガーデンシネマにて公開