『オルランド』『タンゴ・レッスン』『耳に残るは君の歌声』と、独特の世界観で人間を描く、イギリスの女性監督サリー・ポッター。
最新作は、イギリスに住むアメリカ人の女性と、祖国を離れイギリスにやってきたレバノン人の男性が出会い、ぶつかりあいながらも、宗教、文化の違いを乗り越え、かけがえのない存在になっていくというラブストーリー。ロンドン、ベルファスト、ベイルート、ハバナへと移り変わりつつ、二人の愛の軌跡をつづる。
これは、最近のイスラム社会と欧米社会のギクシャクした世界情勢への、いろいろな価値観を理解しあって生きていけるという、サリー・ポッター監督からのメッセージでもある。
○キャスト
・ジョアン・アレン『君に読む物語』 ・サイモン・アプカリアン『アララトの聖母』
○監督・脚本 サリー・ポッター
2005年10月15日 シャンテ・シネにてロードショー公開
今年8月、サリー・ポッター監督が来日し、インタビューする機会がありましたので、そのレポートをお届けします。
Q この映画は二人の男女の文化や宗教を超えた愛の可能性を描いていますが、西洋社会とアラブ社会との共存というメッセージが込められていると思います。9・11の後に発想されたとのことで、とても効果のある作品だと思いました。その後、ロンドンでも同時テロ事件が起こってしまいましたが、製作にこぎ着けるまでのご苦労は?
監督:もう、それだけで映画になってしまいそうな位、長い話になってしまいます。困難も多かったけれど、それと同時に、多くの皆さんから協力も頂きました。情熱を持って、自分たちの報酬をなげうって労働力を提供してくれました。困ったのは、イラクへの侵略が始まったので、ベイルートで撮影ができなくなってしまったり、アメリカの政策が変わって、アメリカ人である主演のジョアン・アレンがキューバに行けなくなったりしたことです。けれども、かえって創意工夫で面白い映画にすることができたと思います。
Q 9・11を意識して、フィルムメーカーとしてどのようなことをすべきか、この映画を作ってみてどのように考えていますか?
監督:映画が出来たのは1年前ですが、実際映画が上映されてから、まだ数ヶ月。反応はまだこれからという感じですが、映画祭に持っていったりして、各地で観客に話を聴いてみました。胸の支えが降りた、癒された、中東に対する誤解があったなどと感じてくれたことに満足しています。たかが映画ですので、どれほどの効果があるかどうかわかりませんが。
Q 脚本と監督の両方を担当されていますが、どちらが大変でしたか?
監督:脚本と監督は切り離しできないもので、自分の頭で書きながら監督しているようなものだし、監督しながら脚本を書いているものですから、すべてが自分の中で総合的に行われるといえます。日々の仕事でどちらが難しいかと言われると、それはその日によります。脚本を書いていて、すごく自然に流れるように書けるときもあれば、なかなか書けなくて、髪をかきむしったり、紙をぐちゃぐちゃにしてしまうときもあります。撮影に入っても、悦に入るくらい満足に撮れる時もあれば、何をやってもうまくいかず、行き詰まる時もあります。とにかく、自分のビジョンをいかによりよい形で見せていくかの努力の積み重ねが私の仕事といえます。
Q 主演にジョアン・アレンを起用した経緯と印象を教えてください。
監督:彼女はアメリカで一番面白い女優。女優の中の女優です。俳優さんたちに、誰が好きですか? と聞くと、たくさんの人がジョアンの名前を挙げるくらいすばらしい女優です。もともと舞台俳優で、彼女はほんとうに真面目な役者で、外面だけでなく、細かく細かく内面から作り上げていくことに努力を惜しみません。監督にとっては、一緒に仕事をしていて、監督を信用してくれているので、取り組み甲斐のある人です。何回も映画を見直してみて、毎回発見があります。ああこんなところも自分は見逃していたんだと自分で思うくらいです。彼女に対する評価は高くなる一方です。
Q サイモン・アブカリアンさんは? また、スタッフもロシア、アルゼンチンなどいろいろな国の方を起用されているのは、これまでの繋がりからと思いますが、どのように選んでいるのですか?
監督:サイモンも舞台俳優で、『耳に残るは君の歌声』の中で小さい役を演じてもらったことがあります。ギリシャ悲劇の主役などもこなす方で、とても稀な立派な役者です。彼は仕事というよりは、自分の生きる道としているように感じます。この職業を生きている俳優です。
世界のいろいろな文化を持った人達と仕事をすると、お互いに学ぶことができ、共生できるという希望も持てます。同じ国の人だけで作ると、癖のようなもので、同じやり方に凝り固まってしまうけど、違う国の人と仕事をすると、いろいろなやり方があるという新しい発見があります。そして、お互いに知ることができます。
撮影監督アレクセイ・ロディオノフは『オルランド』で一緒に仕事をした事があり、本作は2作目。美術のカルロス・コンティも『タンゴ・レッスン』『耳に残るは君の歌声』と一緒に仕事をし、今回3作目。録音のジャン=ポール・ミュゲルはフランス人ですが、ずっと一緒に仕事をしてきた人です。
Q 第三者として、メイドが語るという手法は?
監督:第三の目を持ったナレーターは、外部の人が中のことを見ているという感じもするし、内部にいながら外に語りかけているという両方の側面があります。ある意味、全然気がつかれない存在なんだけど、すべてを観ている存在です。ギリシャ悲劇でも同様の役柄が存在し、観客と役者の間を取り持っています。ここでは、セックスから政治まで、いろいろな汚染の話をコミカルに語ることのできる人物として登場させました。
Q 撮影中のエピソードをお聞かせください。
(しばし、考え込む監督)
監督:いっぱいあって選べないけれど、一つ選んでみましょう。最後のキューバでのビーチのシーンは、ジョアンがキューバに行けなくなってドミニカ共和国で撮りましたが、晴れていたのは初日、朝の30分だけ。後は雨が降ったり、嵐が来たりして、次から次へと災難があって、その日はだめでした。次の日、タイムリミットの最後の15分間に、うまくいきました。ほんとは長い台詞のはずの場面だったのですが、二人が笑って、童心にかえって子供のようにころがって楽しんでいるシーンになったのが、かえってこの映画にふさわしい、いいシーンになりました。
Q 強いメッセージが込められていると感じました。どのような人に観て貰って、どのように感じて貰いたいですか?
監督:もちろんすべての人に観て貰いたいけど! 映画はマスメディアに向けての物だけれど、一人の親友に向けて作るようにすると、大勢の人に繋がるような気がします。私は脚本を書いているときは、いろんな視点を入れて書いています。これから人生が始まるという若い女の子もいれば、年取った女性、中近東の男など、ほんとうに様々な目で語っています。
実際に見た人の反応の中で思いもよらなかったのは、若い男の子から、「映画を観て泣いたりしないのに、この映画では泣いてしまった」とか、「宗教やアイデンティティについて悩んでいたけれど、主人公の人間らしさに惹かれた」などのいろいろな反応があったことです。
Q 1979年から映画製作を始めたとのことですが、女性監督はその頃と今では状況はどう変わりましたか?
監督:もちろん今の方が全然多いです。当時は私一人でしたね。今は、いっぱい若い人が出てきて、面白い作品を作っています。でも、まだまだマイノリティですけどね。
Q 文章も書いて、詩も書かれて、この作品も詩的な部分も多いですが、あえて映画作りをされるのは?
監督:もともと映画を作りたくて、志したのです。いろいろな芸術を一つにする強力なマスメディアだと思うので、それで語るのが、一番力があると思うし、それをしたかったのです。映画こそ世界に通じるコミュニケーションです。親密に親友に語りかけるように撮っていますが、実際には多くの人たちに語りかけているわけです。この作品は、61カ国が買ってくださいましたので、あちこちに親友ができたことになりますね。