女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
35号   pp.74--75

ロンドンTV・映画事情

山中久美子

 ロンドン暮らしも2年目に入り、やっと住人として認知されたかなと思う今日この頃です。

 そしてすこーしずつ巷の様子がわかってくるにつれて、面白さがわかってきたのが TVドラマ。TVのフレームの中に現れる人達が現実離れしていないんです。 欠点もたくさんある等身大の主人公が描かれていて、あまりハッピーエンドや 「まとめ」がない。どうかするとやりきれない虚しさが残ったりもするエンディング だったりするので暗くなることもあるけれど。

 そこで思い出したのがシネジャの第27号 「私が好きなTVシリーズ」で取り上げられた 「第一容疑者」という番組。ヘレン・ミレン(『ジョージ3世の狂気』で95年のカンヌで 女優賞受賞)演じる敏腕女性警部が、猟奇殺人の巧妙な容疑者を追い詰めて逮捕に こぎつけるまでの仕事ぷりや苦悩が丁寧に描かれ、とても見応えのある内容でした。 これだけで十分面白いのに、ラストに裁判で容疑者の自白撤回ナレーションが入って、 今までの苦労はなんだったのと思わせて幕、これってほんとイギリスらしい。まさに 「トホホ…」の世界。正義が勝つのも簡単ではないってこと、現実でみんな 知っているからかしらね。

 さらにパート2では、複雑な社会背景をふくんだ殺人事件の中、彼女は恋愛の絡んだ 判断ミスで窮地においこまれる。アメリカや日本のTVドラマだったら、主人公はもっと スーパーウーマンに描かれるところなんだろうけど、ヘレン・ミレン演ずるテニスン警部は 男で失敗してしまうんですねえ。TVの中の主人公に自分の理想の姿を写したいか、 それとも現実を直視したいかによってちがうんでしょうけれど、イギリス人は後者の ケースのよう。現実感のない人間なんて感情移入できないということでしょうか。

 同じことはコメディドラマにもいえます。アメリカ製は、登場人物がいろいろ事を おこして一騒ぎあっても、最後には何とかまあるく収まって「人生っていろいろあるけど やっぱりいいね」ってオチになる。(ファミリークイズみたいなやつ)ところがこっちでは いろいろあって大変で、その上結果はトホホ…で終わり。で、そういう自分と似たような 目にあっている主人公をみて笑うのです、なんかちょっと自虐的だけど。昔やっていた 「モンティパイソン」のシニカルさを思い出してみるとわかるでしょ。女王様さえ ネタにしてましたものね。(今回のダイアナ妃のインタビューなんて1週間後には パロディにされてました)

 というわけでTVにはまっている私。うちのTVは文字放送が入るので、メジャーな 映画はほとんど英語字幕がつくんですよね。だからついカウチポテト族になってしまうのです。 でも、中国語圏の映画がきた時はもちろんチェックを入れて出掛けていきます。11月は 2日から19日までロンドン映画祭があり、香港・中国・台湾映画だけでも10本以上 上映されました。ただ傾向としては9月の東京国際映画祭と重なる内容になるようですね。 (中国謡圏担当のコンサルタントの中に舒[王其]〈シュウ・ケイ〉の名がありました) 今回はアジアン・ショーケースという企画の中で『君さえいれば』『超級大國民』 『息子の告発』『紅粉』『赤い薔薇 白い薔薇』『少女小漁』『女人四十』 『民警故事』『好男好女』『去年冬天』『シクロ』が上映されていました。

 『青いパパイヤの香り』トラン・アン・ユン監督の2作目『シクロ』は ベネチア映画祭で金獅子賞を取ったというのでもちろん行ってきました。 会場も満席状態。で、感想なんですけどこの監督の視点はやはりフランス人のものですよね。 映像はとても美しくベトナム人の今の生活ぷりや戦争のきずあとなんかも、丹念に 描写していて風景画をみるよう。でもバイオレンスもセックスもアジアというより フレンチって感じ。主役の男の子は新人だけど存在感はありました。それで具象画の 世界に転換していって…。まあ、監督もリアリズムを追求したのではないと言っています。 フランス映画としてみれぱいいのでしょう。(日本でも公開すると思うのでストーリーは いいません。ただ、トニー・レオンは主役じゃないので期待しないようにね)

 張藝謀(チャン・イーモウ)監督、鞏俐(コン・リー)主演の『SHANGHAI TRIAD』 のほうは別格でフィルム・オン・ザ・スクェアーにラインナップされていました。 このカテゴリーはもう配給元も決まっているメジャー映画が中心で、 ロバート・デ・二ーロ主演の『カジノ』、ウディ・アレンの初めてのミュージカル 『MIGHTY APHRODITE』、ウェイン・ワン監督の『スモーク』に加え、同じ場所設定で 原作者のポール・オースターも監督に加わった『BLUE IN THE FACE』、 カンヌ国際映画祭パルム・ドール(大賞)の『UNDERGROUND』等々話題作が揃っていました。 250以上の映画が上映されるロンドン映画祭は非コンペティションの映画祭なので、 一般の人中心でお祭り的なにぎわいがあります。もともとなかなか見る機会のない 各国の芸術映画を、一般観客に提供するのが目的で始められたとかで、もう39回目を 迎えています。「USインディペンデント」「パノラマ フランス」 「アジア・日本・南米・アフリカ・中東映画」「クラシック」等、テーマごとに スポンサーがついているのも層の厚さを感じさせられます。イギリスは不況の はずなのに…、文化的イベントに対する理解度が違うんでしょうねえ。

 もちろんイギリスでもボックスオフィスのベストテンはほとんどアメリカ映画で 占められているのが現状です。そんな中では陳凱歌(チェン・カイコー)や張藝謀は 頑張っていますよね。欧米人は東洋的な色使いや古い因習の残る家制度といった風景に 漠然とした畏敬の念と、その反対に優越感とを同時に併せ持っているような気がします。 彼等はそんな欧米のマーケットのつぼを心得ているのかな。逆に現在の都市化された アジアというものは、欧米の人にとって未知の世界のよう。(興昧がないのか?) 『好男好女』で三時代を演じた伊能静を同じ女優だと分からない人、多かったみたいです。 上映後のロビーで話が見えなくて友達に聞いて居る人がいて、思わず私も輪の中に 加わって説明してしまいました。昨年映画祭上映された『愛情萬歳』の時も、 現代の台湾という場面設定に入っていけないのか途中退席する人もチラホラ。 終わったあとみんなの頭に?マークがついているようでした。

 9月に『恋する惑星』が単館上映された時も、タランティーノ推薦ということで、 ロンドン版ぴあ「タイムアウト」などでも随分紹介され話題になりました。これなら 大丈夫かなと思ってコロンビア人の友達を誘ってでかけたのですが、終わってから聞くと 彼女はずっと、フェイ・ウォンは金髪のかつらを取った後のブリジット・リンだと 思っていたそうです。そういえぱ輪郭似てますものね。 『エドワード・ヤンの恋愛時代』が94年のカンヌで無冠だったのは 人間関係が分かりにくかったからでは、というのを何かで読んだけれど、 現代のアジアに余り予備知識のない欧米人にとってはまさに 『A CONFUCIAN CONFUSION』だったのかもしれません。


*『エドワード・ヤンの恋愛時代』の英語タイトル

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