女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
40号   pp. 14 -- 15
1996年度 読者&スタッフが選ぶベストテン

一九九六年ベスト10(日本映画)

小島

  1. 渚のシンドバッド
  2. Shall We ダンス?
  3. GAMA〜月桃の花〜
  4. FOCUS
  5. トキワ荘の青春
  6. 絵の中のぼくの村
  7. 眠る男
  8. わが心の銀河鉄道〜宮沢賢治物語〜
  9. キッズリターン
  10. スワロウテイル


 一九九六年に見た映画は一二三本で、そのうち邦画は六二本でした。 今年後半に洋画のほとんどを見ることができず、この本数になってしまったことに、 悔しささえ感じます。

 さて、九六年の日本映画は、出だしと終わりに勢いがあり、まずまずでしたが、 絶対これだけはベストテンに入らないとイヤ!という作品が少なかったのが残念。 ただその中で今年の私のベスト一位に輝いた『渚のシンドバッド』は、今も脳裏に 焼き付いて離れない突出した作品です。橋口亮輔監督の綿密な計算、演出に 俳優たちが見事に応えた他に類を見ない作品だと思います。今の高校生たちの 心の動きや、むき出しにされた生理、喜び、悲しみ、傷つきやすさがそのまま出ていて、 高校生から遠く離れてしまった人も何故かしら昔を思い出して胸の奥がキュンとなる、 すごい作品でした。

 この作品と全く違った意味で唸ったのは『FOCUS』です。 現代社会を語るキーワードがいろいろとちりばめられている、例えばテレビの やらせや拳銃社会、世の中にこんなに無線が溢れていることなど、 普段何気なく過ごしていると気づかないことなのに、バサッと断面を切り取って 提示してくれた事に、新鮮なものを感じさせてくれています。 『渚のシンドバッド』が生身の生理であるのに対して、 『FOCUS』は、生身のコミュニケーションから落ち込んでしまって、 自分は完全に安全なところにいて、密かにいろいろな人のことを聞いているんですが、 でもその無線も本当のことを言っているかどうかわからない…、という恐さがあるんです。 じわじわと触れあっていて何となく許しあう世界になるのではなくて、 許せるか許せないかの両極端で無線が終わったとたん、町であっても知らない同志という、 現代を代表するキャラクターをうまく作品に盛り込ませている点が、 もうぞっとするんです。マスコミにいるものにとっては “考えなさい”と言われている、こわーい作品です。

 『Shall We ダンス?』を作った周防正行監督は目の付け所が違うと いつも思います。監督が国電で通っていて、“ダンスホールって、どういう 人が居るのかな”と思ったのがきっかけで、覗いてみると普通のおばさんが 男性にエスコートされて夢見心地で踊っている。日本で暮らしていたら、 あんな風に男性にリードされて守ってもらうことなんてないから、 さぞ気持ちいいんだろうなと思ったことが、爆発的ヒットにつながった。 世の中に相手にされないものを描いて、そのおもしろさを見せて、“ほらね” とやった方が驚く、ということを知っている所に、周防監督の見方があるんです。 女性の井戸端会議的な好奇心を作品のテーマを決めるきっかけにでもしているようで、 これは、女性としては見ている方は気持ちいいんですね。 そして青春の忘れ物を見つけた喜びが、あの作品に溢れているから、 大ヒットにつながったんでしょう。

 『GAMA〜月桃の花〜』。戦争映画。それも沖縄戦をああいう形で沖縄の 人の側に立って描いた初めての作品と言ってもいいのでしょう。一昨年、 戦後五〇年でいろいろ作られた戦争映画ですが、上滑りしているものが多かった中で、 五一年目にして初めて一市民であり、母親という弱い視点から見た戦争映画でした。 GAMA=洞窟の中で極限状況に追い込まれた時、沖縄の人はどう思っていたのか、 そのことを妥協しないで描いていて見ている者を釘付けにします。 また五一年前の実写フィルムの取り扱い方がすばらしい。“一フィート運動” というのが沖縄にあります。アメリカの公文書館に保存されている米軍の撮った 当時のフィルムが、お金を出せば譲ってもらえる…というので、県民を中心にして カンパを呼びかけて、お金ができると少しづつ買っています。それがもう 十二〜十三年になるということなんですが、すべて地上戦のフィルムで、 GAMAの中のことはわかりません。もちろんGAMAの中で集団自決した人々も いるし、GAMAのおかげで身を守った人もいる。そのGAMAの中で 何があったのだろう…。といろいろな疑問が出てくるというわけです。 地上戦の真実としてフィルムが使われ、洞窟という限られた空間の中での人間の 真実が描かれているのです。平和に対する沖縄県民の願いが聞こえてきそうな 作品でした。

 いやあー、少し力が入りすぎたようなので、後は軽く流していきます。 去年の秋、藤子・F・不二雄さんが亡くなられて、『トキワ荘の青春』が、 俄然意味深い作品になったような気がします。今、空前のアニメブームですが、 その原点はあの東京の貧乏下宿の中から手塚治虫を筆頭として、赤塚不二雄、 石の森章太郎、藤子不二雄さんらが出てきて、今の地盤を築いたのかと思うと、 アニメってなんて人間的なんだろうと思います。あの映画の時代、五〇〜六〇年代の 時の緩やかな流れと豊かさが画面いっぱいに広がります。主人公、寺さんの 律儀さとあたたかさがいいんだなー。

 『絵の中のぼくの森』がベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞したことは 日本映画界にとって大きな喜びと讃えるべきでしょう。「少年時代の回想が独創的で、 その傑出した成果に対して」と、はっきり理由をあげての受賞だったということで、 東陽一監督の今の目で顧みた少年時代が高知県の大自然を背景に淡々と 繰り広げられます。これを見たヨーロッパの三〇代の人たちが、 心なごむ映画だと絶賛していることから、この作品は世代を越えて国境を越えて、 子供時代の原風景を感じさせてくれる、そこに説得力があるんです。 こどもは生きとし生ける者、そして自然をすべて自分との関係で見る、 と監督が語っていたのが印象的でした。双子の兄弟も昔の顔をもっていて、 この子たちの起用が成功しています。

 『眠る男』もモントリオール国際映画祭で、準グランプリ審査員特別賞受賞という 快挙を成し遂げました。とある山あいの町、山の事故で意識不明になり眠り続ける男と その同級生を軸に、町民や南から来た女らの日常が描かれています。とても 穏やかで久しぶりに心のこもった日本映画でした。四億円の制作費を出した群馬県は、 日本の良心かもしれない。

 『わが心の銀河鉄道〜宮沢賢治物語〜』は賢治の持つ純粋な心をよく表していました。 なんでか、岩手の大自然に抱かれたところで生まれ育った賢治だからこそ、 いろいろなものを生み出すことができた、天才と言われた所以なんだと思いました。 人を語るときに生まれ育った背景がいかに大切か、この映画は教えてくれています。

 『キッズ・リターン』は言うまでもなく、北野武の最高傑作。映画のラストの言葉 「まだ始まっちゃいねぇよ」に、北野武のコメディアンとしての悲しいけれど、 熱い生きざまを垣間見ました。

 『スワロウテイル』は、新しい日本映画の方向性が試されたチャレンジ精神で ぎりぎり10位でした。

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