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この作品は、観れば一目瞭然、舞台劇の映画化である。三次元で観る演劇と 二次元で観る映画では、当然演出方法も変わってくるわけで、舞台劇から 映画化した作品は名作も多いが、この点でつまずいてしまっている作品も多々ある。 頼聲川(スタン・ライ)監督は、自らの原作でもある舞台劇「暗戀桃花源」の演出家だが、 映画の技法もよく心得た人のようで、余計な屋外ロケを一切排し、舞台劇のテイストを 最大限に活かすことで、見応えのある映画に仕上げている。 タイトルの『暗戀桃花源』は、思い切りメロドラマしている「暗戀」という舞台劇と、 ほとんど吉本新喜劇のような「桃花源」という舞台劇のタイトルをくっつけたもの。 林青霞(ブリジット.リン)がヒロインを演じる「暗戀」も、三人芝居の喜劇「桃花源」 も本番公演を間近に控え、稽古に余念がない。そんな時、この二作が稽古場の手落ちで、 同じ時間帯・同じ場所で練習しなくてはならないハメになる。 本番までの時間がない者同士ゆえ譲り合うわけにもいかず、短い時間で区切って お互い中途半端な稽古を読ける。交互に繰り広げられるメロドラマと喜劇は、 やがて一つの舞台を共有するようになる。 一見、あい反しているかのように見える二作だが、この根底にあるものは、 台湾という国なのである。つまりこの二作あってこそ台湾そのものだということで、 この作品には深読みの楽しみが隠されている。「暗戀」は、メロドラマというスタイルを 借りて外省人の姿を正攻法で描いている。主人公の男女が、中国大陸で共産党に 敗北した国民党政府が台湾に渡る1949年の前年に出会うという設定自体、 悲恋を匂わせている。案の定ふたりは翌年の内戦の混乱の中で生き別れになる。 数十年を経て、ふたりは台湾で再会するが、お互い異なる家庭を持ち、 異なる人生を歩んできたことを話し合うだけで、過去に誓った愛情を確かめ合うこともなく 別れていく。 一方の「桃花源」は、中国文学の名作「桃花源記」をコメディに仕立たもの。 「暗戀」の合問合問に演じられる「挑花源」は、悲壮な面持ちで舞台監督が指図をする 「暗戀」に比ぺ、手作り劇団といった感じで陳腐な感じがするが、物語が進むにつれて、 「桃花源記」が意図しているユートピア物語と、大陸から台湾へ移住してきた人たちが 故郷の大陸によせる思いとが重なり、一見ドタバタ喜劇にみえる「桃花源」の本意が 見え隠れするようになる。 外省人である「暗戀」の主人公が、かつての恋人と再会するシーンの裏側には、 台湾と中国大陸の長い断交状態が八十年代の後半になって一部解け、民間人だけの間で 連絡がとれるようになったという史実が隠されている。(この史実は、中国映画 『心の香り』にも一エピソードとして挿入されている。主人公の少年の祖父の友人である、 おばあさんに、台湾に住む夫の子供たちが夫のお骨を届けにくるシーンがある) 彼は、過去ばかりを振り返り、現在の幸せに気付かない。そして、美しい過去を 思い出させるかつての恋人との念願の再会を得たところで、初めて過ぎ去った日々は もう帰ってこないこと、今、手のうちにある献身的な妻の愛に気付く。 彼のそんな思いを補足するような形で、再ぴ「桃花源」の稽古が始まる。 主人公の漁師タオは、妻と友人が密通していたことに落胆し、一人旅に出て、 旅の矢先でユートピアに行き着く。こんな素晴らしいところならぜひ妻にも 見せてあげたいと、彼は家に戻る。しかし、タオが死んだとばかり思っていた彼女は、 例の密通の相手と一緒に住んでいた。タオはこの時初めて現実に気付く。 彼は、現実に直面して、今を生きることの大切さを悟り、前向きに生きようと決意する。 今まで、侯孝賢監督作品などで台湾という国を少しぱかりだが、 識る磯会を得てきたが、この『暗悪桃花源』を観て、寓意に満ちた こんなアプローチの仕方もあったのだと、改めて感心させられた。 特に「桃花源」に登場する美しい桜の花の美術は、『童年往時』で 故郷に想いを馳せて、たわわに成った木の実を採るおばあさんの姿を イマジネーションさせ、胸が熱くなる思いだった。 なおこの作品では、王家衛監督の作品でお馴染みの杜可風(クリストファー・ドイル) が撮影を、張叔平(ウィリアム・チョン)が美術を担当。登場人物を柔らかく包む 光の美しさ、役者を彩る美しい桜の花ぴらなど、映像としてのインパクトも ハイレペルである点も見所の一つとして付げ加えておきたい。 台湾に生きる人々の根底にある思い、強いては中国圏というものを知るには、 もちろん著作物を読むという方法もある。だが、インパクトのある映像で知るという 方法はもっと親しみ易く、多くの人々に感銘をあたえるに違いない。 『愛情萬歳』のぺージでも書いたが、 層の厚い台湾映画を観ることで、 より多くの日本人が台湾に対する知識や感動を得ることができる今を、 私は素直に享受したいと思う。 (以上 地畑)
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