女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
31号   pp. 15 -- 17

京都国際映画祭




日帰りで京都国際映画祭に行く

宮崎 暁美

 いつも東京でやっている東京国際映画祭が今年は京都建都一二〇〇年記念ということで、 京都に場所を移して開催された。

 台湾の楊徳昌(エドワード・ヤン)監督の『独立時代』 とタイのチャード・ソンスィー監督の『ムアンとリット』が見たかったけど、 たった一日しか時間がなかったので、なんと日帰りで京都まで映画を見に行ってきた。 朝五時に家を出て家に帰ってきたのが夜中の十一時、この二本の作品の他に 『マミー・マーケット』を見た。 藤岡さんはしょっちゅうこんな風に映画を見に行っているらしいけど、 私にとってはそうはない体験。でも、くせになりそう。橋本さんは飛行機に乗って、 日帰りで福岡のアジアフォーカスのミャンマー映画を見に行ったと言ってたけど、 みんなすごい!

 ということで『独立時代』。これはなんとトレンディドラマ風。 台湾の映画としてはこういうのは最近はけっこう多いのだろうか?。 二人の女性を軸に二人を巡る人間関係が展開していく。 何だかめまぐるしくて最初どうなっちゃってるのと思ったけど、最後はハッピーエンドで ほっと一安心。それにしても演出家がスタンライ監督に似ていたなあー。 最近の台湾映画は都会に生きる若者群像を描くのが多いのかな。 『青春神話』しかり『宝島』しかり。 私は救いのない青春物語はどうも好きじゃない。

 『ムアンとリット』はタイで、女性の人権が全然認められていなかった時代に、 恋愛の自由や結婚の自由、女性の権利を求めて立ち上がった一人の女性を描いた映画だった。 去年のベスト二〇にいれた『アナザー・ワールド』と同じ監督の作品。 どちらも困難に勇気をもって立ち上がる女性を描いた作品だった。 でも雄々しい女性かというとそうではなく穏やかな中に強さを持つ女性像として 描かれていた。

 『マミー・マーケット』はとても楽しい作品だった。 お母さんと子供三人の母子家庭の子供たちが主人公の物語。 いつもガミガミ言っているお母さんがいやになって、魔法を使って消してしまう。 そして、マミー・マーケットに行って新しいお母さんを買ってくるという設定。 三回まで変えられるのだけど、どのお母さんも気に入らず、結局もとのお母さんがいい、 というところに落ち着く。 このマミー・マーケットでのお母サンたちの売込がすごい!




独立時代』を観て

N. 藤岡

 台湾の楊徳昌(エドワード・ヤン)監督の新作。いやでも期待は高まるが、 事前に手に入れた情報に影響されて、私はかなり不安を抱いていた。 曰く、観る者を混乱の渦に巻き込む不可思議さであるとか、 『[牛古]嶺街少年殺人事件』の観客を裏切る作品だとか。 実際私は、楊徳昌の作品は『[牛古]嶺街少年殺人事件』しか観ていないのだ。 楊監督が来日してティーチインもあるというのに、眠ったりしたらどうしよう。 つまらぬ心配をしながら会場に向かった友人と私。ちなみに、 アジア秀作映画週間の会場となった京都ロキシーは、この映画祭のために 館内の改装をしたそうだ。偉い。

 上映前に8ぺージのパンフレットのようなものを配ってくれた。 楊監督のこの映画に寄せるメッセージ、スタッフ&キャスト、スチール写真、 イラストによる登場人物紹介などが載っている。このイラストがとてもかわいい (たぷん楊監督自身が描いている)。主要登場人物は、全部で10人。 現代の台北を舞台にした群像心理劇という筋立てらしい。なるほどね、さあ、上映だ。



 …はっきり言って、始めの5分で不安はきれいさっぱり消えていた。面白い!  10人が次々に登場し、それぞれの抱える悩みが、次々形を取って目の前に現われる。 人間関係は錯綜し、場面は目まぐるしく転換していくが、せわしなさは感じない。 むしろテンポの速さが小気味いいくらいだ。なんと言っても、登場人物みんな、 演技が達者! 誰もが愛すべき普通の人達。何だかとっても親しみを感じてしまう。

 軸になっているのは、チチとモリーで、二人は幼なじみ。 財閥令嬢(なんかなつかしい言葉…昔の少女マンガみたい)のモリーは、 一族のグループ企業(広告会社?)のオーナー、チチはそこで彼女のパートナーとして 働いている。蓮舫風のショートカットで、スポーツカーを乗り回すモリーは、 キャリアウーマン然としてかっこいいが、実は会社の経営はうまくいっていない。 婚約者との関係もギクシャクしていて、いつも不安と隣り合わせ。 チチの方は、ヘアスタイルも雰囲気もオードリー・ヘップバーンそのままで、 いつも優しく、思いやりに溢れ、何事にも一生懸命なのに、人にはぶりっこのように 言われて、傷ついてしまう。この二人のヒロインがとても魅力的。 チチにも婚約者がいて、4人はもと学校の同級生なのだが、 ふとしたことから彼ら4人を取り巻く人間関係がバランスを崩し、 こんがらかっていく…。しかもすぺては2日の間に起きる出来事なのである。 チチが妻と別居状態のモリーの義兄に追っ掛けられたり、 チチの婚約者ミンがモリーとベッドを共にしてしまったりと、 筋を追っていくとまるで日本のトレンディドラマのようなところもあるし、 しゃれた台詞で笑わせてもくれる。けれど、観ていて決して軽い感じはしなかった。 テレピ的な軽さではなく、確かに映画的な深みがそこにはあった。 軽妙な喜劇の体裁は取ってはいても、やはり根底には、楊監督の社会を見つめる視点が しっかり据えられていたからだろうか。映画のラストはちょっと甘い ハッピーエンドだったけれど(そしてその甘さを批判する映画評も香港の雑誌には あったけれど)、もともとコミックをベースに構想が練られたというくらいだから、 それもまた良かったように思う。

 それにしても台北は都会だ。東京とほとんど変わらないくらいだ。 モリーのオフィスなんかまさにトレンディドラマの世界。つい自分の会社と比べてしまう。 うらやましい(涙…)。考えてみれば、この映画のような出来事は東京でも どこか他の都市でも起こりそうな気がする。初めて台湾映画を観たという同行の友人も、 台湾の映画を観たという感じがしないと言っていた。 そういう普遍的?なテーマを扱いながら、世界レベルの映画を作ってしまう楊徳昌 (エドワード・ヤン)監督は、やはりすごい(日本の監督ももっとがんばってほしい。 時代劇もヤクザ物ももう結構)。

最近あるところで「楊徳昌は“東洋のエキゾチシズム”で勝負をしないところが偉い」 というような文章を読んだ。 『独立時代』を観るとその言葉がとても納得出来る。



 台湾映画というとどうしても侯孝賢(ホウ・シャオシエン)の世界を連想してしまうが、 侯監督の近年の作品は、台湾史がテーマであるし、そこで描かれている光景は、 すでに台湾の人々にとっても懐かしいものになっているのかもしれない。 最近日本でも紹介され始めた台湾の新人監督の作品と言えば、 現代の台北などの都会を舞台にし、テーも都市生活とそこに住む人々の人間模様 といったものが多い(蔡明亮の『青春神話』『愛情萬歳』 とか徐小明『天幻城市』とか…陳国富の『宝島』にはちょっとなじめなかったが…)。 それらの作品と見比ぺてみるもの面白そう。どこかでまた上映してくれないだろうか。 全く台湾映画は映画祭で一回こっきりの上映というパターンがほとんどで、実に残念。



 とにかく、楊監督に今まで抱いていたイメージをほとんど塗り替えなけれぱ。 『[牛古]嶺街少年殺人事件』の監督としてしか知らなかったのだから仕方がないが…。 2作目を観たのに、どんな映画作家なのか、前よりもわからなくなった気がする。 楊監督は、次回作はパイオレンスを描いたものになると言っていた。 ちょっと苦手なジャンルではあるが、楊徳昌(エドワード・ヤン)作品なら観てみたい!  こんな監督とリアルタイムで出会えたなんてとても幸運なことじゃないだろうか。
 ……と、つくづく感じた、京都の一日でした。

本誌「シネマジャーナル」及びバックナンバーの問い合わせ:
order@cinemajournal.net
このHPに関するご意見など: info@cinemajournal.net
このサイトの画像・記事等の無断転載・無断使用はご遠慮下さい。
掲載画像・元写真の使用を希望される場合はご連絡下さい。