94東京国際映画祭 グランプリ・最優秀監督賞
『息子の告発』罪と儒教思想
玲子
この映画は実話をもとに作られたという。観終わって、しばし考え込まされる映画である。 家に着くまで頭の整理がつかず、ずーっとそのことを考えていた。 パンフレットも買わず解説を読んだりもしていないので、これから述べる感想は 一観客のまったくの独りよがりな考えであるということを弁解させてほしい。
中国北部の小さな村で、その事件は起こった。 (実際はアンホイ省で起こったとのこと、アンホイ省は長江沿いにあるので、 舞台を変えたのかもしれない)
冬は吹雪の舞う凍てつく村、主人公の少年は時々学校をさぼったりする平凡な少年。 父はこの小さな村の小学校の校長、母は家で豆腐を作ってそれを町に売りに行く。 食卓は貧しいながら豊かである。 学校をさぼったのがバレて、父親にお尻をぶたれて泣き叫ぶ少年を母がかばったりする。 が、理由がはっきりしないのだが、どうもこの母は父を嫌っている。 セックスをこばむのだ。しっくりしないとでもいうのだろうか。 この母親役は『香魂女』『犬と女と刑老人』 のあのたくましい女優さんのスーチン・カオワー。 このイメージは『香魂女』の主人公と大変似ている。
ある吹雪の日、少年と母は橇から転落し、きこりの男に助けられる。 父は喜んで彼を家人のようにもてなす。この男はあまりに貧しいので 妻子が家を出ていってしまったと自己紹介をする。
恋に落ちたというのだろうか。西洋映画のようにスマートではないけど きこりとこの母は一気に燃えあがる(まったく、どろどろとした性欲…のようで、 やりきれないのだが)。
あげくのはては、夫殺しである。 この殺人シーンもリアルで胸が痛い。毒をもったのが原因で、少年の父は死ぬ。 が、死因は病死ということで、母はきこりの男と再婚する。
少年はこのことを胸に秘めて、村を出る。 そして十年の後、刑事と共に村に再び帰ってきた。 彼は西洋のスリラー小説を読み、死因に確信をもったのだ。死体の再検分、 動揺する母、刑事の聞き込み、そっとしておいてと泣き叫ぶ妹たち。
母の罪が確定した。罪をかばいあう男と女。息子は黙って村を去って行く。 息子にとっては優しくて暖かかった母を告発する… 妹、弟の人生を変え、家族をも崩壊させてしまう告発という行動を彼に とらせたものは何なのか?
中国での儒教思想は、親を敬うことを、その道徳の柱としている。 家を守り、親に孝行する考えにこの息子は真っ向から対決した。 自我をもち、個を意識する人間は、忠義を通り超して罪を深く意識し悩む。 この近代的な精神の持ち主の青年は、新しい中国の理想の若者像なのだろうか。 わいろが横行し、党幹部の腐敗がひどいという中国。 義理人情に縛られず、悪は悪として決然と対立する若者が多数生まれてくることを 切望したい。
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