女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
29号 (May 1994)   pp. 33 -- 38
◆特集シネマトーク
在日コリアン女性からみた

月はどっちに出ている

崔洋一監督作品
1993年/シネカノン作品/カラー/ヴィスタサイズ
1時間49分/製作・配給=シネカノン

['93・シネカノン]
監督・脚本 崔洋一
プロデューサ 李鳳宇/青木勝彦
脚本 崔洋一/鄭義信
原作 梁石日「タクシー狂躁曲」
キャスト 岸谷五朗/ルビー・モレノ/絵沢萌子/小木茂光/
有薗芳記/麿赤児/國村隼/萩原聖人/古尾谷雅人
1h49m
参加者 安(アン) 趙(チョウ) 金(キム)
シネマジャーナル 佐藤(50代) 宮崎(40代) 地畑(20代) 勝間(20代)

今回の〈とーく〉には在日コリアンの若い女性(二十代)三人に参加していただきました。 一級建築士を目指す安さん、公立の教員採用試験に挑戦している趙さん、 そして早稲田大学法学部に学ぶ金さん。

三人の話は平和ボケしている私達を圧倒。 今までの在日のイメージを塗り替えていく新しいパワーを持った若い人たちが 隣人として育っていることを知って、素直に感動してしまった。


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佐藤

「この映画は今までの日本映画の中で描かれてきたカワイソウな在日朝鮮人というイメージを破った作品として評判になっている反面、 在日の人たちの間でも賛否が別れているとも聞いてるけど…」

「在日の一人として観た時に、 単純に面白いと思いました。でも単純な笑いだけじゃないですよね」

「この映画に関してはひとこともしゃべりたくないっていう人もいます」

佐藤

「そういう人は一世とか活動家みたいな人かしら」

「いえ関係なく、むしろ若者なんかです。 一人は私の弟なんですけど、彼は映画をわりとよく観てて、 映画に詳しいせいもあるんですけど、単に在日コリアンが作ったというだけで もてはやされているだけで、映画としては話すことはないという感じです」



★私たちはこんな結婚式はしたくない

佐藤

「結婚式のシーンを観てどう思いましたか」

「映画では誇張されてはいたけど、 総聯と民団という在日コリアンの中の組織の対立が妙にリアルに描かれていたと思う」

佐藤

「実際に民団(在日本大韓民国居留民団= いわゆる韓国)の人と総聯(在日本朝鮮人総聯合会=いわゆる北朝鮮) の人が一緒になるっていうことも多くなっているんですか?」 (朝鮮戦争で南北に分断された朝鮮半島。日本にはそれぞれを支持する団体がある)

「ええ、民団のエライさんの娘と 総聯のエライさんの息子が一緒になったというのを聞いたことありますし…。 でも私は北と南の対立うんぬんよりは第三者というか、近所のオジさんとか 親戚の人が出てきて踊り出したりとか子供はその辺でチョゴリ(朝鮮の民族衣裳) とか着てゴチャゴチャ遊んでいたりとか、民族高校での同級生が来てて そういう人がパンチパーマだったりというのが妙に生々しかった。 日本人の友人と観にいったのだけど、恥ずかしがることではないんだけど、 その子に対してこっぱずかしい気がしたの」

「私もそうだったわ」

佐藤

「日本人の結婚式でもゴンドラで降りてきたり、 鳩を飛ぱしたり、田舎のオジサン、オバサンが妙に正装したりして恥ずかしい結婚式、 そこら辺にたくさんあるわよね。そういう私たちの感情と同じじゃないかしら」

「私は自分の結婚式はああいう風には したくないと思った。もっと質素にしたいなって…」(三人同感の声)

「たとえば光り物が好きな人、 ギラギラしたのが好きな人っているでしょ。でも私はもっとわびさび というか、さり気なくしたい。民族衣裳もあんなピンクやら原色でなく トーンと落としたものを着たい」

宮崎

「あれは映画だから強調されていると思うけど」

「私はあの雰囲気とかは気恥ずかしいな、 というくらいだったんですが、民団とか総聯の内輪のゴチャゴチャしたところ、 内輪もめみたいなのが出てきましたよね。あの部分はおかしいと思う反面、 あんな内輪の恥を日本人にはみせたくないなーって思いました」

宮崎

「結婚式に南北の人が共に出席していることが新鮮でした。 隣席することにとらわれなくなってきたんですか?」

「そういう意味では変わってきましたね。 問題が全部解決されたわけではないんですげど」



★笑わせながら考えさせられる映画

地畑

「日本の若者は歴史、 特に現代史を知らない人が多すぎる。民団とか、総聯の存在すら知らない人だっている。 だからこの映画を観て、こういう現実があるということを知ってもらうためには 良い映画だったと思う。日本の多くの人に観てもらえる形にしたことは成功だったと思うわ」

佐藤

「日本人の監督ではこんな風に茶化しては描けなかったんじゃないかしら」

「それはそう。在日の監督だからこんな風に描けたんだと思う。 原作は映画ほど茶化してなくてもっとシリアスなんです。 今の在日の雰囲気は端々までよく描かれていると思うけど、 “次はどうなんだ”という将来までは描かれていないような気がするんです。 二人が別れるシーンがありますね。一緒にマニラに行って住もうというコニー (ルビー・モレノ)に向かって忠男(岸谷五朗)が『あきあきなんだよ』 って言うんです。私三日前に又、観にいったんでよく覚えているんです」

一同

「わー!スゴイ!」

「その『あきあきなんだよ』という言葉を 自分勝手に解釈しちゃうと、マニラに行ったからって忠男の問題は解決されない、 コニーと親しくなり、一瞬拠り処をみつけたようにみえたけど、何かが違う。 『在日』としての、その忠男の宙ぶらりんのところを垣間見たような気がしました。 よくある男女の別れのシーンを入れただけかもしれないんですけど。 自分が在日のせいか客観的に観れない部分ってありますね」

「この映画は等身大に私たちを描いて いるけど、さらに自分に貰えるものっていうのはなかった気がする。 私たちに接してくる日本人はデリケートな問題なので議論する時も 『悪いけど聞いていい?』って感じで話してくる。 それが忠男だとチャラ気ながらやってるからまわりの人も色々と言える。 チャラ気ているから日本人もドーンとぶつかっていけるのではないかと思った。 火事なんか大変なことなのにバシャバシャみんなで楽しそうに消してる。 暗いことばかり考えずに楽しみも入れてたくましく生きていく在日像が出てくる点では よかったと思う」

佐藤

「在日の人=たくましい人、 と私は思い続けてきたんだけど」

「母親になった人なんかは子供がいる からたくましくならざるを得ないけど開き直れない人も一方ではたくさんいるし、 その辺でこの映画に対してもひっかかる人が出てくるんだと思う」

「もしかしたらこの映画を観て面白いと思う在日コリアンは少数かもしれない。 日本の中で『在日コリアン』にこだわって生きていくことはしんどいからね」

「この映画はすごく面白かったんだけど、 ただ欲をいえぱ今日本で生きている私の感覚からすると、あまりにも在日くさいというか、 大げさでわざとらしい感じがする。在日くさいことは書かないようにしたと 監督やライターは言っていたけど、これはまぎれもなく四〇代の人が作った映画だわ(笑)」

宮崎

「私が気に掛かったのもその辺かもしれない」

佐藤

「『潤の街』は?」

「『潤の街』はもう一世の世界よ(笑) 実際にはもっと自然体の自分をさらけ出していきたいと思ってる人の方が 多いんじゃないかな。やはりこの映画はオジサンの作ったものという感じがします」

宮崎

「私は、女性に対するあまりに暴力的な セックスシーンがあったこの監督の『Aサインデイズ』を観て、 この監督の作品は観たくないなと思っていた。だけど、 この映画が話題になっていたので観にいったけど、やっぱりあの過激なセックス描写は 好きになれない。『ラストソング』もそうだったけど、 むりやり犯すようにセックスしておいて、そうすれば女は自分の思い通りになるみたいな描き方、 他の日本の映画の中でもたくさんあるけど辟易だわ。 まあ、そういう不満はあるとしても、エンターティメント性のある映画としては 悪くなかったと思う。こういう風に笑わせながら考えさせる映画も必要よね」

地畑

「私もルビー・モレノがこんな風に扱われて 可哀相だと思った。あのベッドシーンはすごくバカみたいで頭にくる映像だったけど、 在日の人が出てくる題材を取り上げることはすごく大事だと思う。 今の学校教育では現代史は学期末で時間がなくなって端折られていて、 学校でこういうことを教えなさすぎる。自分で勉強しなさいという感じだもの。 在日コリアンがなぜいるのかなんてことも、自分で知ろうとしないと、 ずっと無知なままだもの」

宮崎

「もしかして朝鮮戦争があったことも知らないかも」(笑)
(私自身、日韓併合=植民地支配だったということを知ったのは、 恥ずかしながら何年か前のことです。学校で習った日韓併合という言葉に惑わされていました)

地畑

「えっ!笑いごとでなく、知らない二十代の人いるわよ」

佐藤

「ダンボール(北朝鮮に送る荷物)の下に お金を入れるシーンなんか、昔、朝鮮人民共和国ができた時、在日の若者たちが 希望を胸に新潟港から出ていったニュースを思い出して涙がでたけど、 なぜそういうことをするのか、日本の若者が議論とかしてくれるといいんだけど」

「でもあそこはわかる人にしかわからない場面ですよね」

地畑

「姜(ガーさん)って言っていた萩原聖人の乗客を見て恥ずかしかった。 問題意識の欠けた私みたいで。このキャラクター出したのは、この作品で大正解だと思う」

佐藤

「私も。自分を見ているようでね」

勝間

「自分のまわりに在日の人がいなかったので 身近な問題として考えられなかったし、タブー視されていて耳に入ってこなかった。 日本は単一民族だと思っている人が多いので、そういう意味でも こういう映画が出てきたのは良いことだったと思う。国際化の時代だしね。 日本人の監督もたくさんいるのに面白い映画が少ないんだから、 在日の皆さんからみてこの作品は少し問題もあるかもしれないけど、 こういう作品はどんどん出てくるべきだと思う」

地畑

「一番元気ないのが日本人。(笑) それに、とんちんかんな人が多くて。東映のヤクザ映画なんかアメリカに行 って撮れば(Vアメリカ)、国際化だと言ったり。勘違いもはなはだしい」

宮崎

「この日本で本名を名乗って生きると いうのはしんどいのに、あえて本名を名乗って生きている皆さんのような感覚を持った 三世の人に期待したいわ」

「たった一人で名乗るのはしんどいと思うけど、 それを支える仲間と環境があれば大丈夫じゃないかな」

「『学校』(山田洋次監督)におばあさんの在日が出てくるんだけど、 それはごく普通の在日だと思うので、それとの比較を日本人に聞いてみたい」


と、逆に私たちに問いかけられましたが、出席したメンバーの中には 誰もこの映画を観た人がいなくて答えられず御免なさい。今度、観てみようと思います。


「映画が始まった瞬間から泣きっぱなしっていう映画だと、 考えている人も考えていない人も涙で判断されてしまうということがあるけど。 涙をぬきに考えるとそんなに大したことないのが多いものですよね。 もちろん『学校』はそれを差し引いてもすぱらしかったけど…」



★日本人との差を感じる時

宮崎

「普段の生活の中で日本人と違うと意識することはやはり多いですか?」

「みかけはほとんど日本人と同じだけど、 私の中にはあきらかに日本人じゃないんだという意識が強くある。 それに日本人の前で自己紹介した時、中国人と間違えられる。 身近にいる在日コリアンの存在を知らないで国際化は無理なんじゃない」

「普段は忘れているけど、友人と海外旅行する時、 自分だけパスポートがないんです(在日朝鮮籍の人は再入国許可証しかない)。 行ける国が限られているし、たった一日滞在するビザでも取るのが面倒なんです。 絶対に行かれないということはないけど、手続きが複雑なの」

勝・宮・地

「そんなこと知らなかった」

「例えばアメリカの場合、韓国籍や日本籍だと パスポートは五年間マルチなのに、朝鮮籍だと一回きりだし」

宮崎

「ええ! 在日の中に日本籍、韓国籍、 朝鮮籍なんていうのがあるの? 日本籍って日本に帰化した人?」

「そう。そして、日韓協定ができた時 (一九六五年)、韓国籍を取得する人と、それをしなかった朝鮮籍の人とに別れたんです」

宮崎

「北朝鮮の人が朝鮮籍っていうわけじゃないんだ」

「外国に行った時、自分を証明するものが 朝鮮籍の人は再入国許可証しかない。すごく不安定な立場を象徴していると思う」

「なのに日本以外の国の税関でこれを見せると なにこれ!って顔される。 日本(確か韓国も)のように生まれ育ってもその国のナショナリティを与えないのは 特殊みたいで、理解されにくいようです。朝鮮籍の人はどこに行くにも不都合が多いんです」

「朝鮮籍も韓国籍もですけど、 生まれ育った日本に、日本人と同じ税金を払っても参政権もないし。 こういう所から国際化を薦めてほしい」



わりと映画を観たりして、一応問題意識を持っているつもりだった私たち。 でもこういうことをほとんど知らなかった。彼女たちに堤示され、 一同深く考え込んでしまいました。

折しも四月九日から五月二二日まで三百人劇場で「韓国映画の全貌」が開催され、 韓国映画が一挙に五十本も上映されます。在日韓国人の故国、 そして日本人にとっては隣国の人たちの文化や生活を知る大きな機会です。 ぜひ観にいってみませんか。

シネマジャーナル次号では 韓国映画を特集する予定です。「韓国映画の全貌」や韓国映画を観ての感想など、 ぜひお寄せください。






補足

地畑寧子

★映画そのものとして観ると、脚本がよくできていて、 去年公開された日本映画の中では傑出していたとは思う。とはいえ、 オープニングのシーンのカメラがずっと引きで、ちょっといらだったり、 過激なバカバカしいベッドシーンも含め、画としては私は気に入らなかった。

でも肝心要の俳優が各々個性があって、グッド。舞台の俳優が映画で演技すると クサくなることがままあるけれど、この作品ではなかった。 主演の岸谷五朗のイイカゲンそうで芯のあるキャラクターもよかったし、 ルビー・モレノは絶品。彼女のヘンな関西弁が耳についたけど、 話を温和に面白くさせるにはよい方法だったと思う。

知人が言うとおり、日本アカデミ賞の主演女優賞は、どうみても彼女にキマリ!なのに 思慮に欠けた(邦画各社の思惑があることは周知の通りだけど)、この賞ってなんなんだ?  一応アカデミー賞の名を掲げているのだから、本家のへんな偏りを真似することなく、 冷静に公平な判断を下してほしい。

この二人の他にも、タクシー会社の青年社長を演じた小木茂光など 従業員の人たちもうまくて個性的で、笑わせ泣かせてくれて、 久しぶりに一七〇〇円を払ってもいい邦画を観ることができました。

ちなみに劇中に出てくるTV画面に映っている映画は『膝と膝の間』 という韓国映画ではないかと思います。

そして、気になる?金田タクシーのロケ地は、なんと私の自宅から十数分のところ にあるタクシー会社でした。なんだかよく見る町並みだな〜と思って観ていたら、 このタクシー会杜に隣接している竹の塚自動車教習所の車が走っていたのでわかりました。 東武伊勢崎線竹の塚駅沿い(足立区)にあります。

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