女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
22号 (1992.04)  pp. 44 -- 46

姜文(チアン・ウェン)ってお茶目

宮崎暁美

一九八八年十一月中旬、立山へ初滑りスキーに行く途中の立山黒部アルペンルート、 扇沢から黒部ダムに向かう日本アルプスを横断するトンネルを走行中のトロリーバスの中での友人との会話。

「『芙蓉鎮』見た?」
友人 「見たわよ、愛のシーンがとっても良かったわ。中国映画でこ んなに愛のシーンが素敵な作品見たことないわ。彼が良かっ たわよ。演技がとっても自然だったわ。」
「そうよね、あの主人公の彼とても良かったわ。二週間ぐらい 前に初めて見たけど、こんなことなら公開された四月頃に行 っておけば良かった。中国映画なんてきっとつまらないんじ ゃないかと思っていたし、この映画は予告編を見ても全然見 に行く気にもなれなかったんだ。」
友人 「ところで中国の山に興味ある?。来年、中国の山に行くんだ けど一緒に行かない?。」
「行きたい。でもどこの山? 私でも登れるかな?」
友人 「四川省にある四姑娘山っていう、五千メートル級の山よ。」

友人中国語歴二五年、医学辞書の翻訳本もある、針灸師。

私、中国映画を見たのは初めて。シルクロードやチベットに興味はあるけど、 中国はあまり好きな国ではなかった。でもこの日を境に中国へ行ってみようと、 がぜん中国に興味を持った。

そして姜文って、他にどんな作品に出ているのか、どんな人なのか知りたいと思った。 でもパンフレットや映画雑誌、映画評を見ても『芙蓉鎮』の作品のことや監督、 女優の事は載っているのに彼のことはほとんど載っていなかった。 そこで中国図書の店に行き「中国銀幕」や「大衆電影」という映画雑誌を買ってきた。

日本で『芙蓉鎮』が公開されていた頃、 中国では『紅いコーリャン』の賛否論争が起こっていて大変話題になっていたらしい。 中国図書を買ったもののよく解らなかった。 それでもわかる漢字を追っていったら何が書いてあるのか少し理解できた。

張芸謀(チャン・イーモウ)が表紙になっている『紅いコーリャン』特集号の 「中国銀幕」一九八八年・3号に載っていた姜文を紹介した記事によると、 デビュー作は『末代皇后』。その中で彼は溥儀(ラストエンペラー)を演じている。 日本で公開はされてないが『ラストエンプレス』(日本ヘラルドKK)という題名でビデオが出ている。 ジョン・ローンの溥儀より彼の溥儀のほうが本人に似ていた。 溥儀の役を演ずるにあたって、本人の姿に近づけるためいろいろな資料を集めたという。 彼は徹底した役づくりをする人らしい。

中央戯劇学院在学中のエピソードとして今も語りぐさになっている事がある。 『家庭大事』という劇の中で老夫婦の役をやることになった呂麗萍 (『古井戸』で張芸謀と結婚した未亡人の役をやった人)と一緒に老人の扮装をして、 北京の目抜き通り王府井を端から端まで歩いたけど・友人や先生たちに会っても 誰にも気づかれなかったという。 ちなみに彼、十八才で六二才の役だったそうだ。 『芙蓉鎮』を見たとき彼は三十代かなと思ったけど、 映画を撮影していた頃はまだ二十三か四だったそうで、このエピソードを聞くとうなずける。 『花轎泪』でも老人の役を演じている。

おじさんぽい人かなと思っていたけど、去年来日した時見たら、 素顔の彼はちゃんと年相応の青年だった。

『紅いコーリャン』で彼がつるつる坊主で出てきた時にはびっくりした。 張芸謀監督はこの作品の役づくりで、出演した男優たちの体をたくましく見せるため、 日光浴をさせたそうだ。

彼のことを紹介する文章の中にしきりに幽獣感というのが出てきて 『紅いコーリャン』を見た直後だった私は勝手に、この映画と字のイメージからヌボーとか、 ぼさっとした感じ、獣という字から野性的とかいった意味かなと思っていた。 だいぶたってからこれは外来語の当字で「ユーモア感」ということを知った。 彼の出演した作品の中でも、彼のユーモラスな演技は随所に出てくる。

「中国映画週報」による中国建国四十年来の十大映画スターの中に彼は選ばれている。 彼が今まで出演した映画を五本見たけど、それぞれぜんぜん違う役を演じている (私の友は『紅いコーリャン』と『芙蓉鎮』は違う人だと思ってた)。

演技力もあるけど、彼はラッキーな人だと思う。 デビュー作『末代皇后』では潘虹(パン・ホン)、 『芙蓉鎮』では劉暁慶(リュウ・シャオチン)、 『紅いコーリャン』では鞏俐(コン・リー)と、 今をときめく中国の女優たちと共演している。 (劉暁慶、潘虹も十大映画スターに選ばれている) 私のまわりにも彼のファンは何人かいるけど、中国ではすごい人気のようだ。 「大衆電影」の読者投票で選ぶ百花賞の主演男優賞に四年連続ノミネートされ 『芙蓉鎮』と『春桃』で二回主演男優賞を受賞している。 あとの二回は次点だった(『紅いコーリャン』『本命年』)。 日本で公開されていない『春桃』をぜひ見てみたい。

ところで、その姜文が去年の中国映画祭で、代表団のひとりとして来日した。 開幕式と記者会見、歓迎会に出席したのでその時のことを書いてみたい。 まず開幕式、代表団の挨拶と『李連英』(田壯壯(ティエン・チュアンチュアン)監督・姜文主演) の試写があった。挨拶はみんな短いものだったけど姜文の挨拶はとりわけ短く、 ほんの一言二言、もっと何か言ってくれるかと思ったのにちょっとがっかり。 けっこうドスのきいた声だった。『紅いコーリャン』の時の声が一番近かった。 でもユーモアたっぷりに「私はこれから上映される映画の中でずっと喋りますからあまり喋りません」 と言って引っ込んでしまった。 ちなみに『李連英』では裏声で高い声を出していた。 進行役の森さんがそれはないですよね、 ぜひ『紅いコーリャン』の中で歌っていた歌を歌ってもらいましょう。 と言ったら恥ずかしそうに出てきて 「きょうはこれを歌わないと夕食を食べさせないと言われていますので歌います」 とひょうきんに言って会場をわかせたのち、無伴奏で歌いだした。 コーリャン畑で歌っていた「妹妹大胆地往前走」 と酒造りの時の「神酒曲」。 実は彼が歌ったこの歌のテープを私は持っているのだけど 生の声で聞けるとは思っていなかったので大感激!! 彼って意外にひょうきんなんだと知った開幕式だった。

そして、次の日の記者会見と歓迎会にも出席させてもらった。 記者会見はかなり遅れて始まり、姜文にもいろいろ質問したかったけど時間がなくてできなかった。 このあとの歓迎会に出席して質問してくださいといわれ、彼と直接話せるチャンスとばかりに、 喜び勇んで参加した。

歓迎会が始まり、しばらくして姜文のところに人がいなくなったので思い切って行ってみた。 中国語で切り出したかったのにいざとなったら出てこない。 しかたなく通訳の人を通して質問を始めた。

「『菊豆』を撮る時、張芸謀監督は最初あなたを鞏俐の相手役に考えていたそうですが、 あなたが他の撮影で都合がつかないので李保田(リー・パオティエン)に依頼したと言っていましたが、 その時あなたはどの作品を撮っていたのですか?」
姜文 「『本命年』です」と答えたあと 「どうしてその事を知っているのですか? その事を知っているのは、張芸謀と私と謝飛(『本命年』の監督)の三人だけのはずなのに、 あなたはその事を知っている四人目の人だ」と、おどけて言った。
「香港の映画雑誌で張芸謀監督がインタビューに答えていましたよ。 『本命年』は東京でも来月二回上映されます」って言ったらなんと、 彼はいたずらっぽい日をして、日本語で「そうですか」と答えた。 (通訳の人に教わったな)
「周潤發が大陸の俳優と共演するとしたら誰と共演したいですか? という問いに対してぜひ姜文と共演してみたい。と言っていましたが、 あなたはいかがお考えですか?」
姜文 「もちろん共演したいです」(この部分だけ聞き取れた)
「どんな作品で共演したいですか?」
姜文 「英雄を描いた作品がいいですね」
「もし、実現したら中国や香港の映画ファンにとって、とても素敵なことだと思います」
などと話しているうちに人が来てしまって、それ以上話をすることができなかった。残念。 一緒に写真も撮りたかったな。

それにしてもまだ若いのに、彼の芸域の広さには驚く。 『紅いコーリャン』や『李連英』を見てしまうと、 目の前にいるユーモラスで穏やかな彼が同じ人だとは信じられないくらいだ。 俳優って別人になりきれるんだなーと、つくづく思ってしまった。



姜文フィルモグラフィ

『末代皇后』(陳家林 1985)日本未公開、ビデオ有り
『芙蓉鎮』(謝晋 1986)
『花轎泪』(張暖忻 1987 フランスとの合作)日本未公開
『紅いコーリャン』原題「紅高梁」(張芸謀 1987)
『春桃』(凌子風 1988)日本未公開
『黒い雪の年』原題「本命年」(謝飛 1989)
『李連英』(田壯壯 1990)
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