女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
15号 (1990.06)  pp. 27 -- 29

映画評


  • 素敵な老人になるために『ドライビング MISS デイジー』を観ましょう R. 佐藤
  • チャールズ・ロートンの悪魔祓い〜『狩人の夜』を観る〜 A. 宇田川



女の目で観る会例会報告
素敵な老人になるために『ドライビング MISS デイジー』を観ましょう

R. 佐藤

忙しいなんて書くのも億劫な位予定がつまると、息抜きの為の大好きな映画鑑賞でさえ、 映画館に行くのが億劫になってきてしまうという、恐ろしい事態が起こる。 私は最近そんな自分をみつけて驚いた。 もっとゆとりをー!映画、映画。 そう言いながら友だちと虎の門に出掛けて行く。ところがホールはいっぱい。 椅子が取れす、階段に座って観る。

久々の映画なのになさけないなーと思っているのに追討ちをかけるように、 映画がはじまると斜め後ろの老婦人のふたりづれが、まあ、しゃべる、しゃべる。 「ミスデイジーって名前なのね」 「この音楽懐かしいわね…」etcなどなど、まるで茶の間の気分。 ちらちら振り返ったのだけど効果なし。まいってしまった。

こんなハプニングのせいもあって、この映画に関してあまりよい印象がもてなくなってしまった。

私はこのところ、七十をすぎてなお充分魅力的な女性にあう機会に何度か恵まれて、 とても幸せな気分になっていた。(映画でなく現実に) それをもう一度映画でも味わいたいと思っていたのに…。

この映画の舞台はアトランタ。『風と共に去りぬ』で御馴染みの南部の都市である。 ヴィヴィアン・リーが老婦人になったかとおもわれるような、 プライドの高いユダヤ人の金持ち夫人(ジュシカ・タンディ。アカデミー主演女優賞)は、 この地方の紡績工場主である息子とスープのさめない距離に一人で住んでいる。 かくしゃくとした日々を送ってきた彼女にも、自分で車が運転できなくなる日がやってくる。 母のために、黒人の運転手を送り込む息子。自分の老いを認めたがらないタンディ。 彼女の意志を尊重しながらも自分の世界観を持ち、ひょうひょうと生きている運転手。 三人の起こす小さなエピソード。 白人の息子も、白人のこの老夫人もなぜかこの黒人運転手に心を開いて行く。 そして、彼女は百歳近くなり、痴呆性老人になり、病院に入る(このメイクが凄い)。 訪ねて行く老いた運転手の手を取って「あなたは私の最高の友よ」というタンディ。 確かにジュシカ・タンディの演技は絶品で、黒人との会話は素敵である。 だからといって、黒人と白人が精神的な深いきずなで結ばれることもあるのだというような終わり方は、 なんとなくうさんくさい。 老母がことをおこすと飛んでくる息子が、なぜに養老院に母を入れてしまうのかも不思議。 一生懸命この老夫人の心持ちに感情移入をしようと勤めたが難しかった。 黒人運転手のわが道を行くというような生き方は魅力的だが、 それも何となく黒人であることをわきまえているのだというような感じにも受け止められて、 スッキリしない。後で解説を読んだらふたりの出会いから養老院まで25年の歳月がたっているのだとか。 そんな風に長い年月をかけなくては、黒人と白人は理解しあえないものなのか。 もっと単純に、もっとすばやく、異人種の心持ちの人たちとも心をかよわせ合える 柔軟な心根を持った老人になっていきたいと思わずにいられない。



チャールズ・ロートンの悪魔祓い〜『狩人の夜』を観る〜

A. 宇田川


準備中
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