『バグダッド・カフェ』 映画とマジックの関係
岩野 素子
アメリカの砂漠の中のカフェ兼モーテル〈バグダッド・カフェ〉の女主人ブレンダが、 役立たずの亭主を追い出して、疲れ果てて泣いている時、突然目の前に現れたのは、 アメリカ旅行中に夫とけんか別れして車を降りてしまったドイツ人のジャスミン。 彼女は救いの神様のお使いか何かでもあるかのように、この場所に降り立ち、 奇跡をもたらす。それは、普段誰もがしている何でもない、当り前のことなのに、 それによって、このさびれて汚れきった〈バグダッド・カフェ〉は大きく変わっていく。
それは、ほんとうに些細なこと。ジャスミンは、汚れ放題の事務所を、 ブレンダが出かけている間にすっかり掃除してしまう。 彼女が傍らに来て耳をかたむけると、いつもは単なる騒音にしか聞こえなかった、 ブレンダの息子が弾くピアノは、美しい音楽になる。男と遊び歩いてばかりいる娘も、 話をすれぱ、素直に友達になれる。ブレンダは、自分の子供がジャスミンと、 自分以上に仲良くなっているのを見た時、初めて子供に自分の方を向いてもらいたいと思い、 ジャスミンが子供がいないというのを聞いて、子供を大切なものと感じた。
モーテルに住みついている老画家のルディは、ジャスミンをモデルに絵を描き始める。 彼は芸術家の真実を見る目で、ジャスミンの正体を見抜いた。 だから、絵の中のジャスミンには、後光が差している。
そして、いよいよ本物のマジック(手品)が登場する。 映画は出来たての頃から、マジックとはイコールで結べるくらい縁が深いから、 最近はちょっと大袈裟になり過ぎた部分もあるけれど、こんな些細な映画でも、 奇跡を起こす力は持っていて、〈バグダッド・カフェ〉は、大繁盛し、 ジャスミンとブレンダもイコールで結ばれる。 たかが、素人のマジック・ショーが大受けして。
そして、法律の壁を取り除くのも、愛のマジック。今度はルディが使った。 ルディの言葉を聞いていたジャスミンの最後のセリフは魔法の呪文となり、 彼女がそれを口にした途端、今度はこの映画全体が、 あっという間に私のハートに飛び込んできた。
時々それを取り出して眺める時には、 〈バグダッド・カフェ〉の人々と同じように幸せな気持ちになれる。 それが、映画のマジック。
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